緑の背


◎息子目線

中学生になって部活に入部した。運動部だ。
少しすると朝練が始まり、起きる時間が早くなった。
俺の朝練に合わせて早起きしている母さんならまだしも、年寄りでもないのに無駄に早起きしているのが親父だ。
起きるのはいい、俺には直接的に関係ないし。
だけど、

「(……なんで毎朝鏡の前に並んで歯磨きなんてしちゃってんの、俺…)」

歯を磨く手に変な力が入ってガシガシと異様な音が鳴る。歯茎に当たって痛いけど、なんたって毛先はやわらかめ使用、辛うじて血は出ない。
鏡越しだからたまーに目が合う。ほんと、たまに。
どこか一点に集中した視線は眠たいからなのか意識してなのかは知らない(知りたくないからいいけど)。
いつもはこんな感じで互いに無言でこの時間を過ごす。

「学校はどうだ」

なのに今日はドライヤーの騒音に混じって、言葉が聞こえた。

「ふ、普通…」
「そうか」

一言、ぎこちなく答えた。
直接親父を見る勇気が無かったから、鏡越しにチラっと見た。
なのに親父は俺を直接見てて、びっくりした。

「遅刻するなよ」

ちょっとだけ笑って、せっかくセットした髪をぐしゃぐしゃ掻き混ぜて行ってしまった。

「よかった」
「母さん…」

何がいいものか。こっちは心臓バクバクうるさいし照れて顔は熱いしで大変なのに。

「お父さんね、最近あなたが忙しいから寂しかったみたいよ」
「は…?」
「言わないけど、きっとそう。
でもどんどん息子が成長していくのが嬉しいの。
昨日私になんて言ったと思う?」
「知らない…」
「大きくなってた、って」

洗濯物を抱えたまま、母さんはにこにこ笑っていた。

「毎朝ここで計ってるらしくて、自分のここまで身長があった、とか。
ね、明日はあなたから話しかけてみて」
「………、」
「喜ぶわよ」
「そんなこと…っ」
「あなたが思ってるより、自分は子供。だから、甘えなさい」

ぐしゃぐしゃになっていた髪を手櫛で直してくれた。
擽ったくて、やっぱりまともに顔が見れない。

「…いってきます」
「はい、気をつけてね」

玄関に並ぶ靴のサイズは全然違って、いつもなら悔しくなったりするのに、今日は普通に羨ましいだけだった。
父親って、こんなにでかいんだなぁって。

「よかったですね、千景さん」
「……何故あんなことを言った」
「母親だからですよ」
「…厄介なものだな」
「そうですね。
それにしてもあの子、千景さんにそっくり」
「………」
「(あ、喜んでる)」

比べたらキリがないくらい、俺はガキだ。
うまく言えないけど、多分似てるんだと…思う。
悔しいけど、嬉しい。
だからまあ、俺が親父の背を抜くまでは俺のがガキってことにしとく。
明日からは牛乳嫌いだけど、飲んでやる。

「お…はよ……」
「ああ、おはよう」


20101124
大嫌い
微妙に反抗期な息子と息子とあんま絡めなくて寂しい父親とふたりを見守る母親

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