(ミステル×ミノリ)


紫紺の空が広がって街のアーク灯が一つずつ灯っていく頃、煙突から灰色の煙が昇っていく頃、様々な匂いを纏った男性が通った香りの通り道を渡り、密やかに姉さんは帰ってくる。

「あの、こんばんは」

でも、丁寧に磨く真鍮の蝋燭台に映ったのは、見慣れぬ女性。花の髪飾りが薄暗い室内でぼんやりと目立つ。

「あなたは……ミノリさん」

長い新品の蝋燭を燭台に設置し、擦りマッチで炎を灯す。それを手に持ち静かに近寄ると、丸くて大きな彼女の瞳がきれいに煌めいた。

 「こんばんは。こんな遅くに、どうなされたんですか?」
「えっと……」

言い淀む彼女の注意は明らかに薄暗い室内に集中しているらしく、そこかしこでゆらめく燭台の炎を一つ一つ確かめるようだ。

「ああ、照明が故障する不具合が起きまして。今夜はとりあえず、燭台のみで過ごすつもりなんです。そろそろお店も閉めようと思います」
「そうなんですか。では、先程置いてあったお人形はしまってしまったんですね」
「人形……ですか?」
「はい。入り口の窓から綺麗なお人形さんがいるのを見て、もっと近くで見たいと思って」

家具を含め装飾品や生活用品までアンティークであれば様々な物がある店ではあるが、人形を置いた記憶は見当たらない。ましてや品が痛む恐れがあるため、頻繁に商品を動かすこともない。

「見間違いではないでしょうか。残念ながら、当店では取扱いしておりません」
「え? じゃあ、さっき見た金の髪のお人形さんは……」

橙の炎を通して、ボクの顔を彼女はまじまじと見つめた。それから、絶句を噛みしめるかのように手で口を塞いで、後ずさる。

「ご、ご、ごめんなさい。私、暗くて見間違えてしまいました」
「そうだと思いますよ。夜目は何かと曖昧になるものです。おそらくこの辺りの、金色の糸で編まれた房飾りなどがそう見えたのでしょう」

大きな糸房に水晶の粒を絡めた、カーテンを纏める紐は実に繊細で優美だ。空気の流れに揺れれば、いななく馬の金のたてがみにも勝るとも劣らない。

「その房飾りもとても綺麗ですが、私が見たのはきっと……」

ミノリさんは釈然としない顔で、一礼をしてから去っていった。
金の髪の人形、ですか。アンティークドールも、良い物があったら店頭に並べましょうと、人知れず彼女に約束する。ぴかぴかの真鍮の燭台に移ったボクの髪が、きらきらと星のように光ったのを見て、彼女は一体どんな美しい金の髪を見たのだろうと想いを馳せた。



蝋燭は映しだす
(彼が人形である幻を) 




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