(チハヤ×ヒカリ/わくわくアニマルマーチ)


泡立てた卵白を口の中に入れると、晩冬の淡雪のように溶けゆく。白身の滑らかな味わいと空気が含まれた食感全てにふわふわと名付けるなら、何てふわふわは儚く溶けていくものなのだろう。でも、消えることはない。人知らずのミルクの小川となりて、体内に緩やかなせせらぎが輝き、必ず残る。
かつて飛び交っていたナイフや足元を絡めとった茨はどこへやら、辺りはすっかり穏やかな空気に包まれていた。作為的な偽善は己の真意を取り戻し、脆弱性を知って初めて、脆い言葉は優しさを覚えた。あるのはただ、安穏ばかりだ。

「うん、良い味だね」
「ふーん、そう。良い味って、どういうこと? どうでもいい、って意味?」
「違うよ。単純に、良い味なんだ。何気なく草原に寝転んで、深く深呼吸するみたいに」
「眠たい味ってことか、わかった」

言い返すでもなくのんびりと、桜色の絞り型メレンゲを啄む。髪に飾られた花飾りのピンが慣れなくて、頭皮が若干緊張している。

「チハヤくんは、怒らないの?」
「何をさ?」
「私がチハヤくんの料理を食べて、美味しいって笑わないことに」

あなたから、大切な幸せの可能性を奪う存在であるかもしれないのに。適当なことを言って本心を誤魔化す私は、以前のチハヤくんよりもきっと、困った存在だと思うのに。

「怒らないよ、別に。美味しいって言わなくても、君はいつでも幸せなおめでたい頭だってこと、知ってるから」
「ふふ、そうだね。チハヤくんは優しいねぇ」
「優しくなんかない。ヒカリのそのおめでたい脳内をどろどろに溶かすような、そんな料理をいつか作ってあげるよ。一生後悔させるほどの代物をね」

不敵な言葉とは裏腹にとても爽やかな彼の顔を見て、彼と私はお互いにどこか似ているところがあるのかもしれない、と思った。情熱を忘れてしまいたくて、諦めこそが利口だと考える所とか。言いたいことは、彼は鋭利なナイフの刃先に、私は薄い膜に何重も包み込んで投げかける。薄い膜はぼろぼろに引き裂かれ、膜に塗れたナイフも醜い錆びがびっしり張り付く。お互い、疲れ果てたのかもしれない。不自然なほどの安穏の中でなら、やっと、素直さを手に入れることが出来る。

「お茶を濁すことかもしれないけどね、これを、受け取ってください」

バッグから取り出した、空の色には青すぎる、きらびやかな鳥の羽。怒られるか呆られるかのどちらだろう、と反応をゆっくり待っていると、不意に唇に柔らかい感触がした。溶けゆく卵白のような、メレンゲの味。掴まれた頭からヘアピンを外す指の動きを感じて、制御不能に陥っていた網膜を再始動する。

「……ヒカリは、狡い」
「え?」
「じわじわ僕の領域に入ってきたかと思えば、どんどん領域を広げていくんだ。おかげで何でも出来るようになったよ。そんな僕にまだ冗談を言うなんて、随分勝手だね」
「……全部、全部本気だよ。あの時逃げたことも、今向き合っていることも」
「わかってるさ。僕がたくさん傷つけたから、君は僕と同じようになってくれようとしたこと。今までめんどくさい僕に付きあわせて、ゴメン。そして、これからも一生僕に付きあってくれるかな、ヒカリ」

お花のヘアピンを再び私の髪に刺して、互いの額と額をくっつける。青い鳥の羽が床にふわりと舞い落ち、人肌の暖かさに全てが溶けてしまいそうだった。無意識に瞳から流れ出る熱い熱い涙を舐めとられ、言葉が出てこない。笑えない冗談も出てこない。曖昧な態度も出てこない。
笑っていいのかな、私。笑っていいんだよね、私。

「ありがとう、チハヤくん。楽しみにしてるよ、一生後悔させてくれる料理」

残虐な言葉の海も、凍てつく氷山の一角も、未成熟で小さな苗も、哀れな道化の兎も、全部全部確かにそこにあった。それら全部が、熱にあてられ空気と混ぜられ、ふわふわになって溶けていった。光が差し込んできたのは、幸せな幻覚かな。相好を崩しきって笑いあっている私達は、とても幸せな夢幻かな。何でも良いよ、これからもずっと、二人一緒なら。


溶けるメレンゲの最後
(メランジェの魔法は、ふわふわな魔法)




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