(グレイ×クレア/ハーベストムーン/Title.by 真歩さん)


心地良い鼓動は、古びたオルゴールのように、優しく懐かしい音色を響かせる。掌に握るハンマーに微熱が伝わって、ふしぎな感触に、つい、ため息が出る。

「ごめんじいさん、ちょっとオレ、外を散歩してくる」

じいさんは詳しく訳も聞かずに、いいぞ行け、と首で促す。予定外の休憩時間に外に躍り出すと、暗い室内とは対象的な眩しい日差しに身を焼かれる。

石畳の街道を通り過ぎていく人に軽く会釈をして、果樹園の中にちらっと見えたクリフの影に目を取られながら、軽い眩暈が起こる視界を支えて歩く。

町から少し外れた、黄色の花が咲くあぜ道の向こうに、風になびく金の髪が揺らめいた。小型の如雨露から湧き出る小さな雨が、その人の足元に降りかかる。

クレアさん、と思わず声に出してしまっても、誰も意味を問いかける者はそばにおらず。蒸し蒸しする帽子を思い切って外すと、さらに眩しくなるどころか、自分も陽だまりの中の一部になった心地がする。漂う、花と土と草の香り。

春風が想いを伝えてくれたのだろうか、彼女がこちらを振り返った。舞う蝶々、飛び立つ鳥たち。まばたきをすることも、忘れて。

片手でかご一杯のジャガイモを抱えて、もう片方の手を大きく降っている。白い軍手に付いた泥が、あんなに綺麗な模様に見えたことがあっただろうか。

オレが両手で大きく手を振り返したのを確かめてから、彼女は遠方の畑へと向きなおった。擦り切れたオーバーオールの背中を見送りながら、今あのジャガイモが全て宙に飛んだなら、それはそれは面白くて素敵なことになるだろうな、と突拍子もないことをとりとめもなく考える。

乾いたあぜ道のふちに咲いた菜の花を一輪、そっと手に取った。鼻を埋めると、太陽に愛されている幸せを感じる、甘く穏やかな香りが胸を満たした。

心地良い鼓動は、たおやかな眩暈のように流れていく。この場には似つかわしい、歯車がきしむ古ぼけたオルゴールの音色が、いつまでも鳴り止まない。郷愁的で、覚めない夢を現実にしてくれるような、甘やかな幻聴が。


オルゴール・シンドローム
(シンドロームが鳴り止むのは、心臓が止まった時)




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