(チハヤ×ヒカリ/わくわくアニマルマーチ)


不要な感情を捨てる瞬間は、畑の苗を間引く時に似ている。丈夫で将来性のある苗を残し、無駄に養分を吸う役立たずの弱小苗を、一思いに引き抜く。悪意があるわけではない、賢明で合理的な判断だ。それに、掌に横たわる多くの白く細い根っこを触って、一時懺悔だってする。その懺悔は苗のためではなく、他ならぬ自分自身のためと知りながら。

「オススメのカクテル、お願いします」

カウンター越しにハーパーさんの姿が見受けられないまま、厨房に向かって話しかける。金色に輝くポニーテールを揺らす女の子は、フロアーの掃除をしている。閉店時刻間近の酒場は、静閑として何だかよそよそしい。それが、妙に心地良くもある。

「お待たせしました、お客様。クランベリーカクテルで御座います」

真っ赤な液体が注がれたカクテルグラスが、颯爽と目の前に出される。と同時に、無表情を装ったチハヤくんも現れた。

「ありがとう」

安い感謝に応じるような、安い味のカクテル。シェイカーの音もしなかったし、予想以上に適当に注がれている。現在厨房にいるのはたった一人、チハヤくんだけ。集中して料理を作ることは快感だ、といつだかこぼした彼の言葉から察すると、快感を退けてまで得るべき苦痛があり、苦痛を得てまで干渉したいことらしい。貪欲に料理に向き合っていた以前の彼とは違って、料理をないがしろにしてまで手に入れたい何かがあるようだ。人は、それを成長と呼ぶ。

「どう、味は?」
「美味しいよ〜」
「嘘つき、大嘘つき。君ってホント、ペテン師だよ」

これでもかと罵倒するしかめ顔をした彼は、それでも傷ついてはいなかった。真実と偽りが混じった曖昧なやり取りを、彼は確かに、この状況を楽しんでいる。

「今チハヤくんも嘘を言ったから、同じ嘘つき同士ってことで。やったねぇ」

完璧な嘘をつけない彼も私も、同じ善良な人民。全く違う人間。彼は大切な思いをどんどん育てていくけれど、私は有り余る養分を吸った余分な苗を、感情を。どんどん引き抜いていかないと。全部枯れて、土になってしまいそうで怖い。

「ねぇ、最近忙しいの?」
「ううん」
「あんまり外出しないの?」
「ううん」
「……どうして」

僕に会いに来ないの、なんて頼りない切望。表情だけは、粋がっちゃって。

「ふふ」
「何」
「いや、まさかチハヤくんの方からそんな願いが聞けるとは」

可笑しくってね、もう。この前まで、好きとか愛してるとか言わないと満足しない女にはうんざりって言っていたのに、彼自身がそう云う女にそっくりだから。あまりにも分かりやすい反語ではないか、僕に会いに来い、とは。愛に乞えという命令にすら聞こえて、ますます笑わずにはいられない。
配列が乱れたヘアピンが彼の髪上で煌めき、彼は、怒りよりも悟りを見るような落ち着いた目つきをしていた。本当に、立派に成長した。小手先だけの言葉に騙されない、しっかりとした幹を携えた。初めて会った日から地道に見守りはしたが、大樹を育てたのは彼自身。他人の庭に育つ大樹を見て、こんなにも嬉しい。例え自分の庭が、狂った環境で必死に綺麗に育つ、色とりどりの花壇だとしても。一生懸命間引きして、どの色も同じ量だけ配置して。それなのに、嗚呼、彼の色と愛の色ばかりが咲き乱れているから。均一されていない失敗作の花壇は、統制しなければいけない。

「好きだよ、チハヤくん」
「嘘つき」
「愛してるよ、チハヤくん」

惜しみない愛の言葉を、ぽいぽいと投げ捨てると。切り裂くようなアメジストの瞳を契機に。

「僕もだよ、ヒカリ」

呼ばれるべきではなかった、嘘みたいな名前が、私を揺り動かす。引っこ抜いた根っこや球根を懇切丁寧に拾い集めて、千切れた花びらを愛おしそうに食べて。
痛い。引き抜く痛みが、ようやくこの胸を突き刺した。今此処に咲く花も、過去に捨ててきた苗も、皆それぞれが私であることから逃れられない。

「ありがとう、チハヤくん」

ありがとう、私を好きだと言ってくれて。上手に言葉を使えるぐらい、成長してくれて。嬉しくて痛くて、感情の奔流は涙をも奪い去っていく。
錯綜する脳内をまとめもしないまま、何事もなかったように酒場を出る。無言で私を見守る彼は、大事な獲物を綺麗に捌いた時の如く、残虐で美しかった。良い笑顔だ、もう、何者にも恐れはしないだろう。
存在しない鏡を避けて避けては、家に帰る道を急ぐ。自分さえ見たことのない表情を見ることが、恐ろしいから。溢れてしまったそれを支配できないことが、わかってしまうから。それでも、ありがとう。破棄した露骨な残骸の存在を、他ならぬ私自身に気づかせてくれて。
余興の夜が、心地良い沈黙へと変わる。


間引かれた花
(いつの間にか、私も救われていた。痛みを伴って)




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