(チハヤ×ヒカリ/わくわくアニマルマーチ)


「気安く話しかけないでくれる?」

親しくない人と話すのって疲れるんだよね、と玉ねぎ色の髪の料理人が言う。何処かで熱の上がる、音がした。早春の風に晒されて冷えきった顔が、上気して緩やかに綻ぶ。

「じゃあ、これから親しくなりましょう」

端整なかんばせが醜く歪められ、蔑むような目で見られる。大きくて綺麗な瞳には、小さな私に対する恐怖が強く表れていた。

「……その自信は、どこからくるんだか」
「はい?」
「君は、僕と親しくなりたいの?」

大きな声で元気よく、はいっと答えると、彼は貼りついたようなひきつった笑顔を瞬時に作る。

「僕は、そういう奴が、大嫌い」

吐き捨てた鋭い言葉が、胸に刺さって、深く傷つく。そう、彼は彼自身にナイフを突き立てていた。私に向かって振りかざした言葉は、空中に虚しく弧を描いて、私の首元を掠める。自己防衛の笑顔がこんなにも歪んでしまった彼は、本当に心が疲弊しているのだろう。見下げた足元には、ボロボロのサンダルから覗いた変色した爪が見受けられた。さて、そんな可哀想な彼に、何と言えばいいだろうか。

「それでも、構いませんよ」

残念ながら、彼は私の笑顔には程遠く敵わない。ほんのちょっとの狡猾さと、どこからやってくるかわからない自信をないまぜて。

「チハヤくんの気が済むまで、ね」

柔らかい宣戦布告を送るみたいだ。それでいい、全てを受け入れる、なんて偽りの女神に成る宣言は、私にも彼にも何の救いにもならない不誠実な言葉。未来を見据えて、冷静に考えて、この選択が最善だと信じよう。
チハヤくんは、私の態度に折れたのか「勝手にしたら」と料理本を読み始めた。文字を追うスピードは明らかに早すぎて、紙面のずれた所を見ている。つまり、かなり緊張状態にあるようだ。原因は言うまでもないけれど、せっかく彼がチャンスをくれたのだから。

「そうするね、しばらくチハヤくんのことを観察します〜」

ふてぶてしくも、近づいてみようじゃないか。仲良くなるためには、相手のことを多く知っておいて何の損も無い。侮蔑を伝える瞳も、早速弛緩してきた様がかすかにわかる。遊戯に興じるかの如く楽観的に、人格を尊重する崇高な精神を、少々。曖昧な態度と感情はトレランスの器を無限大にして、注がれた言葉の海を私は浮遊する。


曖昧トレランス
(嫌い、でもいいよ)




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