(チハヤ→ヒカリ←タオ/わくわくアニマルマーチ)


流れる時間に揺らめく服、擦り切れた麦わら帽子がぶら下がる広い背中を、じっと見つめていた。視線が刺さりでもしたのか、釣り糸を引き上げくるりとこちらを向く、表情の読めない薄い顔。
「チハヤさん、こんにちは」
「注文したイトウを、引き取りに来た。ちゃんとある?」
「はい、ありますよ。漁協に入りましょう」
すぐ近くにある漁協に入ると、漁協の経営者オズがお茶を入れてくれた。さりげなく床や壁チェックをすると、しっかり掃除してあるのがよくわかる。これだけ海の近くにありながら、潮のこびついた異臭がしない。タオは奥の部屋に入っていき、しばらく暇な時間をお茶を飲みながら弄んでいた。
「はい、チハヤさん。イトウです」
「どうも。これ、代金」
奥からイトウが入った箱を抱えて入ってきたタオに、しかるべき代金を手渡してとりあえず箱をテーブルに置いて残りのお茶を一気に飲みほした。
「あの」
立ち上がった僕の後ろ髪をひくように、弱々しい彼の声。
「何」
丁寧に返事をしてやったのに、彼の口からはそれ以上声が出ないらしく、気持ち悪い沈黙が押し寄せる。だから、僕から言ってやるか。


「ヒカリが元気でやってるのは、君も毎日見てるでしょ」
話しかけたものの考えあぐねていた所に、チハヤさんの突き刺すような声。
「……やっぱり、チハヤさんは、」
「いちいち言わないでくれる?別に、彼女は僕のことも君のことも好きじゃない、それだけ」
告白して振られたんだから、当然だよねそんなこと、と彼の冷笑は歪んでいく。人形のように端正な顔に浮かんだ表情は、私の心にも存在しているように感じられて妙に背筋が寒くなる。
「チハヤさん」
「何」
「私、どうしたらいいでしょう」
「……はあ?」
「ヒカリさんをまだ諦めきれなくて、今後ヒカリさんがあなたを好きになったらと思うと、胸が苦しくて……どうしたらいいのか、わからないのです」
素直に感情のままに本心を吐露すると、呆然としていたチハヤさんが、腹を抱えてしゃがみ込む。どうやら笑いを堪えているようで、いつも殆ど大笑いしない彼がいきなりこんなに笑うなんて笑い茸でも食べたのだろうかと思った。
「……全く、君はさあ」
椅子に座り直した彼が、いつもの渋面を取り戻す。
「何でそういうことを、僕に言うかな」
「その、チハヤさんとはお友達なので〜。で、どうしたらいいと思いますか?」
「知らない。それに、僕と君は友達じゃない。自分で何とかしたら」
「そうです、よねぇ……」
「……そのはっきりしない態度、苛々する」
文句たらたらのチハヤさんは、それでもどこか面白い物でも見たように、ふっと目を細める。魚の箱を持って荒々しく漁協を去る間際に、
「君の理性を騙した偽善者ぶりが、憎らしいよ」
と、消え去ることの無い呪文のように言い残していった。彼の意外にしっかりした腕が扉を閉めて、私は足元から迫り来る闇のような何かに触れ、いつのまにか自分は狡猾に彼に酷いことをしてしまった、と気づいた。チハヤさんの身体全てに枷をかけ、舌に釘を打つも同じだ。それなのに涙が出ることも無く、ただ恐ろしい闇に足を取られ感情と理性を奪われてしまった心地がした。


これだから、あの手の人種は苦手なんだ。したたかに、確実に、人の首を締めてくる。そんな殺人者ならぬ殺精神者から、どうしてこうも目が話せないのだろう。こんなにも憎んでいるのに。
何処かで聞いたことだけれど、憎しみは愛情が無いと生まれないらしい。愛情と憎しみは表裏一体、どころか表も裏も無いだろう。どっちも一緒だ。執着と信頼がある限り。
でも、あれだけ狼狽する姿が見られて、少し新鮮だったかな。良い気味だ。僕の身体ががんじがらめにされようとも、余裕でいてやるさ。
理性を、騙して。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -