(シュタイナー×クレア/コロボックルステーション)
異国を彷彿とさせる香しいカレーの香りを周囲に纏って、彼は忍び足で歩み寄る。
「起きているんだろう?美しいお嬢さん」
寝台の横に立った銀髪の華麗なる怪盗は、白い蝋のような顔をした金髪の少女の寝顔に問いかける。突如、金色に縁取られた瞳が開き、碧眼を晒した。
「気づいていたのね、怪盗さん」
不敵な笑みは、蝶を狙う蜘蛛の巣の甘い罠。いつも宝物を盗む時は、罠にかからず速やかに華やかにこなすけれど、お目当ての物自体がこれから先の人生を脅かす罠だったら、甘んじて自分から引っかかろうではないか。
では用意しようかしら、と彼女は立ち上がり、台所の大鍋からそれはそれは素晴らしい虹色のカレーを器によそる。芸術作品のように感動的なその色、絶妙なスパイスの配合が全ての憂鬱や不安を吹き飛ばし、楽園すら創造出来そうな香りが辺りを包み込む。グラスに赤ワインを注がれ、その自然の恵み溢れる芳醇な味わいに恍惚としながら、テーブルの上を照らす小さなキャンドルを見つめてみる。
「あなたの欲しいものは、これ?」
一点の曇りも無い銀のスプーンですくわれる、虹色のカレー。
「確かに、このカレーはとても素晴らしい。食べるのが勿体無いよ」
「良かった。私の手作りなの」
「だけど、僕の欲しいものはこれではないな」
悪戯に微笑む仮面の裏では、緊張の糸が張り詰めている。百戦錬磨の怪盗らしからぬ無様な心だ。
「ふうん、そう」
気の無い声でひらひらと闇に伸ばされた手には、青い羽が蝋燭の灯りを受けて目を眩ませられる。
「なら、こういうことでいいかしら?」
指でその羽を弄び、こちらに来なさい、とでも言うような、いや、言葉よりもずっとダイレクトだ。分かりやすい罠だった。そして、見事に嵌って蜘蛛の巣に捕らわれた、哀れで幸福な蝶に成り果てる。
「そうだね」
残った理性は、先ず目の前の欲から消化しようと訴えた。
「全戦無敗の怪盗の、最後の晩餐を」
是非、君に見届けてもらいたい。