(ギル×アカリ)


アカリが、そのスイッチをかちりと入れると、またたくまにミキサーの中は赤に染まった。グラスに注ぎ込まれる赤い液体はどろりとしていて、血と見紛うほどの光沢を発している。その液体の原材料は、もしかしたらトマトと塩という単純なものではなく、君の湧き出すような血潮も含まれているのではないか。トマトジュースの赤がよく映える、血色の良い健康な肌を眺めて、僕は思った。
グラスを傾け、喉を流れていく赤い液体は、冷たく塩気が効いていて、体の隅々まで行き渡る。僕の暗く蒼い血液が、静かに赤い液体をのみこんでいく。蒼い血液は色づき、初めて生命を持って流れ始める。それまでの血液など、死んでいるも同然なのだ。そう感じさせるほど、トマトジュースは僕の一部であり、欠かせない飲み物だ。

「ギルって、本当に美味しそうにトマトジュース飲むよね。
作る私まで嬉しくなるよ」

ミキサーを水で洗いながら、アカリが言う。

「何を言う。僕だって、その…毎日作ってもらえて、嬉しい、ぞ」
素直な気持ちのはずが、無意識にしどろもどろしてしまう僕を見て、笑いが吹き出したアカリは「もう、そんなに無理してお礼言わなくてもいいよ」と明るい声で、からからと笑う。

後ろ姿だから表情は見えないが、はねた髪からのぞく首筋が妙に仄白く、体温を感じさせて、赤く濡れた唇を手で拭いつつも、目は目の前のアカリの首に、釘付けになっていた。

「ギルはこの後、どこに行くの?」
「今日は日曜だからな、教会だ」

教会。毎週日曜に訪れるその場所は、日々生きている罪を赦してくれる。いや、本当は赦してなどくれないが、僕は僕自身を赦すために、しがみつく業に反発することもなく、あの敬虔で残酷な場所で、己を見つめるしかないのだ。

「私も行く。一緒に行こう」

アカリに言われながら、僕は昔のことを思い出していた。
寝る前に様々な話を、母上はしてくれた。子供心に怖い話もたくさんあったが、日を重ねるごとに誰かの物語を聞ける楽しみは、何より大切なものだった。
夜になると目覚め、夜な夜な若い女の血を飲む青白い妖怪の話を聞いたことがある。確か、吸血鬼といった。どうして女の人の血を飲むのですか、と聞いたら、母上はほんとうに困った顔をして何かをつぶやくのだけど、僕には聞こえなかったし聞いてもわからなかったのかもしれない。変ですね、血を飲むぐらいならトマトジュースの方がずっと美味しいのに。疑問に思う昔の僕の声が、空漠とした頭の片隅で反響する。その声が段々泣き声に変わり、小さな僕が激しく泣けば泣くほど、今の僕は無表情になっていく。
母上、どうして行ってしまわれるのですか。どうして。どうして。
感情を隠すこともなく泣き叫ぶ自分は、端から見ると酷く無様だ。だが、それが自分の本質だというのだろう。
冷たい血が流れ、愛しい女性を想う感情的な生き物。吸血鬼。
きっと、愛した女性が何処かに行ってしまう前に、その生命溢れる血液を飲むことで、女性を我が物に出来て安心していたのではないか。ずっと一人で暮らす悲しき吸血鬼の、歪んだ愛情。

「ああ、わかった」

隣に並ぶアカリの体温、血の熱を感じながら、思案する。今、君の血を少し飲みたいと願った、と言ったら驚かれるだろうか。君の血が僕の一部になったなら、君を僕の中に閉じ込めておけるなら。
おかしい錯覚に苛まれながら、はやく教会に着くよう足を早める。

吸血鬼を、封印しなくてはいけない。





赤い液体





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