随分疲れた印象のロボットだった。
ロボットが自分の意思で動けるこの時代、仕事帰りの疲れたロボットなんてよく見るものだったけど。
大体ロボットの疲れといえば、文字通りの金属疲労。仕事で使用する部位は様々だけど、身体を構成する部品。それと人工知能の回路。
それらを休ませる為に帰宅するロボットの姿と、私の視線の先に立っていたロボットの姿は、似ているようでまるで違った。
仕事を終えた充実感なんてない。持ち主のもとへ帰る安心感なんてない。まだ硬い感情の無機質感なんてない。
一体どんな経験をすれば、そんなただただ疲れきったような、絶望したかのような表情になるんだろう。
ロボットにそんな表情をさせられる現代の技術と状況、そして意味、私は強く興味を持った。



3月23日(2週間後)



機械に関してはあまり詳しくない私だけど、彼が随分長い期間働いてきたロボットだろうということは何となく分かる。
身体を覆う数々のパーツの擦り切れや劣化。溌剌とした響きのない、使い古されたスピーカーを通す音声。
そして何より、……私にはうまく言い表すことができないが、おそらく、動き慣れた感じ。
起動して間もないロボットの動きはいかにもロボットというギクシャク感で微笑ましさすら感じるけれど、長年人間と一緒に生活すれば、不思議なことに動きが滑らかになっていく。
彼の動きは明らかに後者。

……ということを彼に話すと、意外な反応をされた。
まずはこちらを振り向く。特殊な上半身の形状をしている彼が振り向くと音と気配ですぐ分かる。
すかさず私も視線を彼の方へ向けた。

「……そうか、……そう、見えたか」

少し驚いた表情から、軽く瞼を伏せて、和らぐ表情。
私の知らない彼の過去の時間のことだけど、彼にとってはいい思い出があったんだろうか。
私個人としては彼の表情を和らげることができたので、それでひとつ満足。
その確認をするためにも、彼が振り向く状況はできるだけ作っていきたい。これも密かな努力なのだ。

「ね」
「なんだ」

また背を向けた彼に尋ねる。

「人間、好き?」
「…………」
「嫌い?」
「……一概にどちらかとは言えない」
「そっか。まぁ、いい人間もいれば悪い人間もいるもんね」
「そう、だな」
「私のことは?」
「…………」
「え、ちょっと、黙らないでよ」
「お前は変わった人間だ」
「あなただって変わったロボットだよ、」

あんな顔するロボット見たことない、と言いかけて、飲み込んだ。
絶望的な表情をしていた、なんて言うときっと思い出させてしまう。その表情をさせた原因を。

「……扇風機の親玉みたいな形してるもん」
「……扇風機らしく突風で吹き飛ばしてやろうか」
「そんな危険な扇風機ないよ!扇風機ってのはね、今はなき日本のノスタルジーを」

勢いで出てきた扇風機談義を、彼は最低限のツッコミで大体聞き流していた。
段々ヒートアップした私は思わず腰を浮かせ彼の背中に向けて両手を広げながら熱っぽく語り、
最後に「そんな素敵な扇風機の親玉っていうのは、褒め言葉よ!?癒しの最たる存在よ!?要するに抱かれたい扇風機ナンバーワンよ!?」
と締めた直後盛大に空気を吐き出すような音がして彼の前面に生えていた草花を一瞬なぎ倒した。
これは、ウケたということでいいんだろうか。
それとも照れてくれたんだろうか。

確かめようと彼の前面に回ろうとした瞬間彼は立ち上がり、「今日はもう帰れ」と低く言い放った。
そんなに急に声のトーンを下げられては、こちらも強引な行動には出られない。
機嫌を損ねられてここに来てくれなくなることは、一番避けたいのだ。
仕方なく足を出すのはやめて、尋ねる。

「……また、会える、よね?」

彼は無言で右手を挙げ、それを確認した私は、くるりと背を向けて広場の出口へ走った。
今日は結構話せた。彼は現代のロボットたちと同じ、工業用ロボットじゃないかと推測できる材料を得た。
「抱かれたい扇風機ナンバーワン」に反応した。
脈は無くない。と、ポジティブにとらえたい。


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