明日はまた人のように | ナノ




 遠くでタワーオブヘブンの鐘の音が打ち鳴らされているのを聞きながら、チェレンはコートを着込み手に紙袋を抱えて家を出た。
 数分間に日付と共に年までもが変わった今日は、元日だ。チェレンは新年をアデクと共に迎えたいと思っていたが、しかしそれはカノコの実家に住まう両親から再三に渡り家に帰って来いと連絡を受けた為に叶わなかった。アデクすらも、両親と共に新年を迎えるものだとチェレンの背を押したのだ。
 アデクも、新年はリーグの面々と共に迎えることが恒例となっているだろう。そこにチェレンが行くというもおかしな話であるから丁度良かったかもしれない、チェレンはそう考えて己を納得させ、そして玄関を開けたとたん吹き込んできた冬の夜気に身震いした。
 年も明けて早々にこうして家を出んとしているのは、今からアデクと共に初詣に行くからだ。
 待ち合わせの場所は、年が明ける少し前から鐘を鳴らし続けているタワーオブヘブンだ。鎮魂の塔であるそタワーオブヘブンに行き、ポケモン達と共に在れる今に感謝し、そして失ったポケモン達には安息を願う――それがイッシュの初詣である。
「分かってはいたけれど、随分寒いね。君は大丈夫かい?」
 チェレンが己の傍らに目を向けると、そこでじっと鐘の音に耳を澄ませているようだったケンホロウは一声鳴いた。今からケンホロウにこの冷たい夜気を切って、タワーオブヘブンまで飛んでもらうのだ。ケンホロウは全く問題ないとばかりに胸を張り、夜気に震えるチェレンを見て羽を広げてその痩身を包み込む。
 頼りになる己の手持ちの姿にチェレンは笑い、そしてゆっくりとケンホロウを抱きしめ返した。今年もまた、ケンホロウを始めとした手持ち達と共に生きていく。
 冷たくも澄んだ空気の中そう考えるとチェレンの胸は躍り、どこか楽しいような心地にさせられる。
「行こう」
 ケンホロウの背に乗り空へと飛び立つと、ぐんと星空が近くなった。また一つ、鐘が鳴らされる。
 新年を共に迎える事は出来ないが、初詣は一緒に行こうと言ったのはアデクだった。日付が変わる時分に、懇意であるチェレンと共にいられない事を慮ったのかもしれないが、この特別な日に共にタワーオブヘブンに許されたと思うと、チェレンの胸はまた一つ大きな鼓動を打つ。
 タワーオブヘブンはアデクのパートナーであったポケモンが眠る、特別な場所だ。今を大事に生きるべきだと言うアデクが、唯一追憶に耽る事が出来る場所でもある。アデクは決して己を偽らない性格ではあるが、チャンピオンという立場上己を押し殺さねばならない時もあるだろう。
 チャンピオンとしてのアデクではなく、一人の人間としてのアデクが許される場所――そこに追随を許されているのは、今のところチェレンだけである。


 チェレンが寒気にも慣れてきた頃にケンホロウもタワーオブヘブンの上空に着き、いつも通りにフキヨセまで飛んでからポケモンセンターの前に着陸する。待ち合わせ場所はタワーオブヘブンだったが、アデクがタワーオブヘブンに空から直接訪れない以上、チェレンもそれに倣う事にしていた。いつだったか、その理由をチェレンに語ったアデクの顔は今でも脳裏に焼き付いている。
 チェレンはケンホロウをボールへと戻し、レパルダスを出すと共にタワーオブヘブンへの道を歩き始めた。街灯がない暗い道を行く際は、夜目が効くレパルダスがいると安心出来るのだ。
 タワーオブヘブンまではまだ遠くとも、全階層に明かりが灯り柔らかく辺りを照らしているそれは見る事が出来る。明りに導かれる迷い蛾の様だと取り留めもないことを考えながら歩くこと十数分、チェレンは一本道の先に聳え立つタワーオブヘブンの前に人影を見つけるや否や、レパルダスに一声かけて駆けだした。
「アデクさん!」
 灯台下暗しとは言ったもので、部屋に煌々と明かりが灯っていようともタワーオブヘブンの真下は暗く闇が落ちている。しかしそこを、ウルガモスの太陽色をした羽が照らしていたのだ。照らし出されていたのは紛れもないアデクで、チェレンはアデクに駆け寄ると手にしていた紙袋の形を整えた。
「よく来てくれたな、チェレン。明けましておめでとう」
 アデクもチェレンに気付くと体を預けていた壁を離れ、チェレンへと歩み寄ってくる。チェレンがアデクの元へと辿り着くと、アデクは走ったために少し乱れたチェレンの髪を撫で、そして白い息を吐き出しながら笑った。
「明けましておめでとうございます、アデクさん。えっと、これ、もし良ければ」
 冷えた髪にアデクの掌の体温は温かく、チェレンはその力が強くとも振り払う気にはなれずに代わりに紙袋を差し出した。
 然程大きくないそれは、見た目に応じ中身も軽い。アデクは数度瞬きそれを受け取り、チェレンに断りを入れてからウルガモスの明かりを頼りに開封し中身を取りだす。その顔が少しの驚愕に変わり、そして柔かな笑みとなったのを見届け、チェレンは安堵の息を吐き出した。
 紙袋の中身は、ウルガモスと同じ色をしたマフラーだ。路傍には雪も積もっているこの寒さだというのに、アデクは普段と何ら変わらぬ格好である。チェレンはアデクがその格好をしてくるであろうという予想の元、数日前にマフラーを購入したのだ。特に贈り物などをする気はなかったが、ベルやトウヤと共にR9に買い物に行った際にそのマフラーが酷く目についた。謳い文句には手触りや長さなど色々と宣伝の言葉が書かれていたが、チェレンは何よりもその太陽色から目が離せなくなったのだ。
 アデクに、似合うだろう。購入時にそう強く思った通り、どこか嬉しそうにマフラーを首に巻きつけるアデクにその太陽色は良く似合っている。
「おお、暖かいな。しかしチェレン、良いのか? わしは何も用意などしてこなかったが…すまんなあ」
 成程宣伝されていた通り、その手触りもなかなかのものらしい。アデクは一頻りマフラーに触れその感触を楽しんでいたが、軅てチェレンに向きなおり眉を下げた。チェレンにあげられるものがないことを気にしているアデクに対し、チェレンは笑って首を横に振ってみせる。
「良いんです、アナタに似合うと思って思わず買ってしまったんですから。そんなものよりももっと良いものを、ボクはアナタからたくさん貰って来ました。そしてきっと、これからもアナタはボクに下さるんでしょう。ねえ、アデクさん」
 アデクが巻いたマフラーを、背後からウルガモスが引っ張り遊んでいる。己の羽と同じ色が気になるらしいウルガモスを窘め、チェレンが手を伸ばしてマフラーを整えつつ言うとアデクは不意にチェレンを腕へと抱き込んだ。
 アデクさん、チェレンが再度呼ぶとアデクはチェレンを抱く腕に更に力を込める。
「わしとて、お前さんからたくさんのものを貰っておる。何と幸せなことか、…なあ、チェレン」
 ぎゅうぎゅうと遠慮のない力で抱き込まれた体に痛みを感じ、チェレンが数度アデクの背を叩くとアデクは腕の力を緩めてチェレンと視線を合わせる。互いの吐き出す呼気は白く、それが混じり合う距離まで近付けられた顔にチェレンが目を閉じるとすぐに唇が重ねられ、舌先までもが熱で混ざり合っていくような心地がする。
 息継ぎの合間に唇を離したチェレンにが目を開けるとアデクもまたチェレンに視線を遣っており、何かと瞬いたチェレンの唇をまた、熱が攫っていく。
 これも贈り物になるのだろうかと囁くアデクに馬鹿ですねと笑って返しながら、チェレンはそっとレパルダスをボールへと戻しアデクに体を預けて目を閉じた。

 頭上で鐘がまた一つ、空気を震わせていく。



END
明日はまた人のように


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