call me | ナノ




 チェレンは布団の中寝返りを打ち、そして強く目を閉じた。チェレンが布団に入ったのは日付が変わる前、十一時頃だったが、先刻見た壁掛け時計はもう、深夜二時を指している。
 体は疲れてると言うのにいつまで経っても眠ってしまう事が出来ず、チェレンは何度目になるかも知れぬ寝返りを打っては唇を噛む。決して布団の中は寒くなかったが、しかしチェレンは言い知れぬ寒さを感じ寝付けないでいた。
 アデクが、いないのだ。アデクの部屋へ立ち入ることを許されてもう暫く経つが、その間アデクの腕に抱かれて眠っていたチェレンはそれに慣れてしまっていた。寧ろ、アデクの温もりと体に回される腕の程良い重みがないと眠れなくなってしまっていたのだ。それを自覚しチェレンは己のあまりの不甲斐無さにいっそ苛立ちまた寝がえりを打つ。
 人の温もりがないと眠れないなどまるで幼子のようだ、そう考えるとチェレンは泣きたいような感情に襲われてのろのろと布団から起き上がった。このまま布団に包まっていた所で眠れるとも思えず、ならば起きて読書でもしてしまおうと思ったのだ。読書の秋、とはチェレンのためにあるような言葉で、ここ数日カノコに帰ってきてからと言うものチェレンは読まないままに積んであった大量の本を消費する作業を続けている。
 それは旅をする途中で買ったものや、アデクやシキミに借りたものなど様々だ。厚さも内容も区々の本を読んでいくのは楽しく、チェレンはチャンピオンロードの代わりに二番道路でポケモンと修行をする他は、ずっと部屋に籠り読書三昧の日々を送っていた。
 頭は動かしているが身体はあまり動かさないその生活も祟ったのだろう、チェレンは溜息を吐き机のライトスタンドの電源を入れて椅子に座る。吐き出した息は白く、布団の中と比べると極端に低い夜気に体を撫ぜられチェレンは身震いして上着を羽織った。
 元は違う地方で書かれたものだという分厚い装丁の本に挟んであったしおりを外し、チェレンは頁を捲る。知らない世界の事が書かれた本の内容は興味深く面白いものだったが、しかしチェレンは集中することが出来ず軅てすぐに行を追うことすら止めてしまった。頭は眠気を訴えてくるのだ。加えて昼間散々細かな文字を追っていたために眼球の奥が痛み、眩暈のような視界の揺らめきがチェレンを襲う。
「……もう…」
 どうしろというのだろうか、己の身体だと言うのにどうすることも出来ない苛立ちが徐々に募り、チェレンは咄嗟に充電器にさしてあったライブキャスターを取ると履歴の一番上、アデクの番号を呼び出し通話釦を押していた。チェレンが眠れない原因の一つにアデクが含まれるならば、文句くらい言ったって許されるはずだ。そう考えチェレンは眠気に朦朧とした頭で呼び出し音を聞いていたが、ふと我に返り慌ててライブキャスターの画面を見る。
 今は二時半過ぎ、普通ならば誰しもが寝ている時間だ。アデクはチャンピオンであるためにバトルの他にも書類などの整理に追われる日々を送っている。疲れてとうに眠りについているだろう、それをこんなくだらないことで起こしてしまう訳にはいかないとチェレンは慌てて通話終了ボタンを押そうと指を伸ばしたが、それよりも早く画面が切り替わりアデクの姿が映し出された。
『チェレン、こんな時間にどうした?』
 アデクの向こうに見える部屋は寝室で、アデクは当然のように寝間着を纏っている。チェレンが危惧したとおりにアデクは眠っていたらしい。起こしてしまった罪悪感と、アデクは何の気なしに言ったのだろうがその言葉さえ責められているように感じ、チェレンは一分前の己を縊り殺したい心地に襲われた。苛立ちはとうに後悔に変わっている。
「あ、アデクさ…あの、……その…」
 兎に角何か言わなければとチェレンは口を開いたが、焦りで舌が縺れ上手く言葉が紡げない。そうこうしている内にそんなチェレンを訝しんだのだろう、アデクは心配するよう眉を下げ、再度チェレンを呼んだ。その優しい声音にチェレンは言葉を失い、ただライブキャスター越しにアデクを見つめるしか出来ない。
『今、カノコにいるのだろう? そこはお前さんの部屋か、一体どうしたのだ』
 押し黙ってしまったチェレンを心配するアデクは尚も問いを重ねる。このままでは今からカノコに来かねないアデクの様子に、チェレンはどうにか口を開き躊躇いながらも真実を告げた。
「あの、…すみません、何でもないんです…。ただ、アデクさんがいないと思ったら眠れなくて。…それで、気付いたらアナタを呼び出していて…。本当にすみません、寝ていたんでしょう」
 言葉を重ねるにつれ、己が本当に我儘な子供に思えチェレンはアデクと目を合わせる事が出来ず俯いた。自分の勝手で寝ているアデクを起こし心配までさせ、その上で何も用事がないとアデクの気持ちを無にしている。叱咤を受けても仕方がないとチェレンは覚悟を決めたが、しかし予想に反しアデクは沈黙したままで、長く続いた沈黙に耐えきれなくなったチェレンが顔をあげた時にはアデクは画面の向こうで苦笑を浮かべていた。
『そんな泣きそうな声で…ああ、そんな顔もするでない。寝ていたには寝ていたが、起こされて怒ったりなどせぬよ。それよりもお前さん、…それは殺し文句だのう…』
 アデクの声音からはどこか戸惑ったような、照れたような感が伝わりチェレンは思わず目を瞬かせた。殺し文句、と言われても眠気を孕んだ頭では己の発言がどういうものだったか考える事が出来ない。
 アデクはまた苦笑し、そしてチェレンにライブキャスターを繋げたまま布団に入るよう促した。それに従いチェレンは数十分前に抜け出したままの布団を捲り体を横たえる。
『眠いのに眠れないのは辛かろう、眠れるまでこうして話をしていようか』
 チェレンが枕に頭を預けたのを確認し、画面の向こうでアデクは言葉を紡ぐ。ゆったりとしたアデクの低い声はチェレンを安堵させ、そして今までは訪れなかった睡魔をあっという間に呼び寄せチェレンを眠りへと誘い始めた。
「本当に、迷惑をかけてしまって…。アデクさん…」
『良い良い、そのような事は気にせずゆっくりと眠れ』
 睡魔に負けそうになりながらも謝罪を口にするチェレンを宥め、アデクは穏やかに笑う。目を閉じてしまうとまるで本当に傍にアデクがいるような錯覚を覚え、チェレンはどこか全てを預けられるような感覚と共にゆっくりと眠りに落ちていった。
 礼を言わなければ、霞みがかった頭で考えて漸う口を開いてももはや不明瞭な言葉しか出て来ない。
「アデ…さ…。す、き……」
 チェレンは己が目を閉じたままライブキャスターへと手を伸べようとしたまでは分かったが、それきり眠りの淵から体が落ちていくような感覚と共に意識をなくし、礼を言ったかも分からぬままに規則正しい寝息を立てていた。



 画面の向こうにチェレンの安らかな寝顔を見ながら、アデクはベッドの上に胡坐をかいて座し、多少寝乱れた頭を掻く。
 時計を見ればもう三時だ。このような時間に呼びだすために何かトラブルかとも思ったが、聞いてみれば何の事はない、眠れなかったからとチェレンは言う。
 恐らく眠くて眠くてそれでも眠れず、子供がぐずるものと同じになっていたではあろうが、それでも眠りの淵で呟かれた言葉は多少なりともアデクを動揺させていた。
「どうしたものか…、のう……」
 もう必要はないと言うのに中々通話を切れずにいるアデクの視線の先で、チェレンがこちらに指を伸べていた。



END
call me! call me!


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