いつか見た夢 | ナノ




 最近アデクのプライベートルームの片隅に、新しくクローゼットが備え付けられた。半同棲状態とも言って良いチェレンの私物を置くためにアデクが購入したものだ。
 最初こそアデクの部屋に荷物を置くわけにはいかないと渋っていたチェレンだったが、アデク自身が先んじてクローゼットを買ってしまったために早々に諦め、今ではクローゼットの中には多くの服や雑貨が収められている。
 夜も徐々に更けそろそろ日付が変わろうかというこの時間、明日着る服を予め用意しておくのだとクローゼットを覗きこむチェレンをアデクは呼び寄せた。
「何ですか?」
 アデクは軽く声をかけて手招きをしただけだったが、チェレンはクローゼットから離れすぐにソファに座るアデクの元へと歩み寄ってくる。チェレンを隣に座らせたアデクはテレビを見るよう促しつつ、その髪をゆるりと撫でた。
 チェレンの髪を撫でるのは、アデクにとって癖のようなものだ。綺麗な形をしたチェレンの頭、そしてそこを覆うさらりとした手触りの黒髪はアデクの手に馴染む。余りにもアデクに頭を撫でられることが多いために慣れてしまったチェレンは構わずテレビに顔を向け、ぱちぱちと瞬き微かに瞳を輝かせた。
 チェレンは感情をあからさまに出す事はしないが、嬉しそうにしているのが分かりアデクの顔にも笑みが浮かぶ。テレビの中では再放送ではあったが、別の地方のチャンピオンの防衛戦が繰り広げられていた。

 じっ、と集中してチャンピオンの戦いを見るチェレンの真剣な表情に、アデクは思わず昔を懐かしむ。己も、また己の周囲もチェレン程の齢の頃はこうして強さに憬れ、こうなりたいと励んだものだった。
 今でこそアデクはチャンピオンという地位に就いているものの、アデク自身己が頂点を極めたとは思っていない。バトルの強さだけでなく、真の強さを求めようとすればその道のりは果てがなかった。チェレンもいつか、明確な目標を持つようになるだろう。その手伝いが出来れば良いとアデクは一人顎を撫ぜ頷く。
 テレビでは丁度防衛戦が終わりアデクに顔を向けたチェレンが訝しげな顔をしていたが、アデクは誤魔化すようにチェレンの髪を撫でる手に力を込め、髪を掻きまぜた。
「痛っ、やめて下さいよ! …もう、アナタはすぐに子供扱いするんですから」
「む、そんなつもりはないがなあ」
 髪を引っ張る事になり頭皮が引き攣れ痛みを感じたのだろう、チェレンが慌てた様子でアデクの手を掴み制止を求める。ぐりぐりと押し込むように頭を揺さぶったため、チェレンはバランスをも崩しアデクの膝に片腕をつき身体を凭れかける体勢になっていた。アデクの掌は、チェレンの頭に乗せられたままだ。
 アデクもチェレンも、お互いが余りに近い位置にいる事に気付いていた。膝に乗せられたチェレンの手から、隠しきれない早鐘を打つ鼓動が聞こえてくる。
 目元を薄紅に染めたチェレンの目が、微かに潤んでいるようだった。これまでとは打って変わって無言のままに乱れたチェレンの髪を梳くアデクの手に、チェレンの手が触れている。
「アデク、さ……、」
 視線は絡み合ったまま解ける気配はなく、寧ろゆっくりと縮まっていく距離にチェレンがか細く震えた声でアデクを呼ばわった。髪を撫ぜる手でチェレンの掌をも絡め取ったアデクの大きな掌がチェレンの後頭部に添えられ、更に距離が縮まっていく。
 目を、閉じたのはどちらが先だっただろう。
 アデクとチェレンの距離が無くなり、互いの唇が触れ合い吐息が混ざりあった。しっとりとしたチェレンの唇をアデクのそれが幾度も啄み、時折音を立てて吸い更に濡らしていく。チェレンは緊張に肩が強張り震えていたが、アデクの他方の腕がチェレンの背を抱き身体をも引き寄せると、ゆっくりと力が抜けていった。
 吐息が乱れ胸に苦しさを感じたチェレンがアデクの胸元に縋り服を握り締めると、チェレンを抱く腕に力が籠り口付けは更に深いものとなっていく。
「…ん…っ、…」
 薄らと開かれたチェレンの唇から滑り込んだアデクの舌が歯列をなぞり、初めての事にどうすることも出来ず奥で縮こまるチェレンの舌をつつき濡れた音を立てて絡めとった。
 びくりと震えたチェレンを宥めようとアデクの腕が優しく背を撫でていく。そのままアデクに舌を吸われたチェレンがおずおずと舌を伸ばしてアデクに応えると、互いの舌が絡む濡れた音は止まず、チェレンは浮かされるような熱を感じ続けていた。


 チェレンの呼気が続かなくなった頃漸く長い口付けは終わり、離れたアデクとチェレンの唇を銀糸が繋ぎ、そしてぷつりと切れた。
 熱が籠った息を荒く吐き出しながらアデクの胸に倒れ込んだチェレンの背を、髪を、優しい腕がゆるゆると撫で続けていたが、チェレンは何も言う事が出来ないまま広く厚い胸板に顔を埋めるばかりだった。
 アデクと口付けを交わしたのは、これが初めての事だ。それ以前にチェレンはアデクに恋心を抱いていたが、そのアデクはどうかチェレンは知らないままだ。言ってしまえばチェレンとアデクは口付けをするような仲には発展していない。
 アデクが自分と同じ感情を抱いているような素振りは見られず、チェレンはどうにか今の程良い距離の関係で良いと自分を納得させていたと言うのに、たった今、アデクに口付けをされ胸に抱かれている。
 チェレンの胸は渦巻く感情で一杯になり、口付けは終わったと言うのに上手く呼気を整えられそうになかった。逸そ、泣きたいような気分にさせられる。
 アデクは何も言わない。しかし縋る胸からアデクの鼓動も乱れている事が分かり、チェレンは身体に燻る熱をどうすることも出来ずただ、アデクに縋りついていた。



END
いつか見た夢のような


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