ずっとここにいます | ナノ




 アデクの部屋には、たくさんの写真が飾ってある。最近になって漸くアデクのプライベートルームへと入室を許されるようになったチェレンは、壁に、棚に飾られ思い思いの雰囲気を醸し出している写真を眺めて首を傾げた。
 アデクの豪快な人となりから、写真をこうも飾るようには見えなかったのだ。一枚一枚丁寧に額や写真立てに収められている写真は成程、どれも人間もポケモンも楽しそうな笑みを浮かべていたが、チェレンはその中に違和感を覚える。
 一見、否、どれだけ見たとしても何の不思議もない写真の数々だが、チェレンは確かに言い知れぬ違和感を感じたのだ。部屋に入るなり写真達と向き合いうんうんと唸り始めたチェレンを見て、後続で入室したアデクは困ったように笑う。
「これ、全部アデクさんが撮ったんですか?」
 チェレンは背後にアデクの気配を感じながら、振り向かずに問うた。アデクが鷹揚に頷くのが分かる。アデクはチェレンの隣まで来るとチェレンの髪を掌でくしゃくしゃと掻き混ぜながら、写真を指差しまつわるエピソードを話し始めた。
 アデクがチェレンの頭を撫でるのはもう、随分前からの癖になっている。チェレンが幾度噛みつくように苦言を言ってもアデクは聞かず、その内チェレンが諦めた。頭を撫でられる、といった行動はまるで子供扱いを受けているようで微妙な気分ではあったが、チェレンはアデクの大きな掌で触れられるのが嫌ではなかったのだ。
「ワシは写真を撮るのが好きでな、――」
 眼鏡を押さえながらチェレンはじっとアデクの話を聞き、そして眉根を寄せる。アデクは写真を撮った時の事を思い出しているのだろう、楽しげに目を細めてチェレンの写真も撮って飾ろうかと笑う。嫌ですよと溜息を吐きかけたチェレンは、しかし唐突に、入室し写真を見た時からの違和感に気付きアデクの手を払い除けた。
 腕を振り上げ腕を叩いた音は大きく部屋に響き、アデクは驚き写真からチェレンに視線を映す。
 チェレンはアデクの心底当惑した視線を受けてぐっと言葉に詰まったが、胸を埋め始めた言葉に表せない何かの方が苦しく、何故か泣きたいような心地になり自らが叩いたアデクの手を取り両手で掴んだ。
「嘘を、吐かないでください。アナタが写真を撮る事が好きだなんて、そんな嘘を」
 普段は豪快な、ざっくりとした感を放っているが、アデクは本来細かな事まで気が回る人物なのだ。もっと言えば繊細で、情に厚い。チェレンは暫くアデクと触れ合う機会が多い中でそれに気付き、そして自分が知っている情報と照らし合わせ納得していた。
 アデクという“チャンピオン”は数年前にいなくなる筈だったのだ。パートナーを亡くしたアデクは自ら、チャンピオンを降りたいとリーグ本部に申請したという。だがアデクの代わりとなる人物がいたかと言えばそうではない。結局リーグはアデクの降任を許さず、アデクは癒えぬ胸を抱えたままイッシュを放浪していたという。その途中、チェレンはアデクと出会ったのだ。
 それに思い当たり、チェレンはアデクを見据えて言う。嘘、と言われたアデクは何事か返さんと唇を開いたが何も言えず、そのまままた唇を引き結ぶ。何も言わなかったのは、チェレンが今にも泣きだしそうに眉を寄せていたからかもしれない。チェレンの視線はアデクから横に滑り、ガラスの扉の戸棚にしまわれたカメラを映している。そのカメラで撮り壁に貼られている写真はどれも最近のもので、昔のものはない。パートナーを失ったアデクが、思い出や傍に在った事実を薄れさせまいとカメラを手に取る様子がはっきりと脳裏に浮かぶようで、チェレンはアデクの掌をぎゅうと握り目を伏せた。
「ボクの写真は撮らないでください。…ボクは、順当にいけばアナタを失う立場になるんですから」
 チェレンの恋情にアデクが応えようとしないのは、アデクから見たチェレンがまだ幼い事と、倫理感と単純なアデクの嗜好があるからかもしれないが、その中には確実にチェレンを失う事を避けるための保身もあるのだと、当のチェレンは知っている。
 人の気持ちは移りゆくものだ。チェレンとて、実際に永遠にアデクを好きでいられるかと問われても頷く事は出来ない。かといって失う事ばかりを考えて諦めるという事を、しなくないとも思っている。チェレンの言葉に眉を下げたアデクに向きなおり、顔を上げたチェレンはアデクの胸に寄り添いそっと頬を押し付けた。チェレンの想いを知っているアデクは、それを拒まない。決してその腕で痩身を抱きしめる事はなかったが、アデクは捉われていない方の手でチェレンの背を擦り苦笑を零した。
「泣かれると、困ってしまうなあ」
「…泣いてませんよ、耄碌してるんですか?」
 アデクの厚い胸板に顔を埋めたチェレンの表情は見えないが、アデクは細い肩と背を撫で続ける。チェレンが溜息を吐いたのを皮切りにそれまでの空気は霧散したが、チェレンはそのまま暫くアデクから離れようとしなかった。
 アデクに甘える、など子供扱いを嫌うチェレンの心情に中々反する事だったが、顔を上げる事が出来そうになかったのだ。
 チェレンの横目に映る壁の写真の中で、今の手持ちに囲まれたアデクが穏やかに笑っている。



END
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