僕は漫画の主人公 | ナノ




 チェレンがチャンピオンロードを拠点に、ポケモンと己を成長させるための特訓を続けて暫く経つ。リーグに程近い場所にいるために、一度はバトルで打ち破った四天皇の面々らが暇な時にチェレンを尋ね、再戦をしたりただ話をしたりと、チェレンは特訓以外にもそこそこ充実した日々を過ごしながら己はどうなりたいのだろうと考える日々を送っていた。そんなある日のこと。チェレンがチャンピオンロードに行くと、そこには先客の姿があった。
 燃える炎のような色をした髪に、山伏にも似た格好――遠目からでも目立つその人物に、チェレンはすぐに思い当たりぴくりと眉を上げる。
 恐らくレンブ辺りが、その人物――アデクにチェレンが未だここにいる事を伝えたのだろう。家からチャンピオンロードまで足を運んでおいて今更帰ってしまうのも癪な気がし、チェレンは一歩一歩とアデクに近付いていったが、その胸中は言い知れぬ靄に覆われていた。
 チェレンにポケモンとの付き合い方を教え、目標ではなかった目標を掲げていたことを窘めた人物、それがアデクだったが、チェレンはアデクをただの師として見る事が出来なかった。
 どうして。チェレンはもう自分の土を踏む足音が相手に聞こえてしまう位置まで来ながら遣る瀬無さに襲われ上着の裾を掴む。最初はただ妙な男だと、大人ぶって説教を垂れる人物だと思っていただけだったのに、いつの間にかチェレンはアデクを思い胸を苦しくさせ、そして気を抜けばじっと見惚れてしまいそうなほどに気を奪われていた。
 チェレンは自分の感情が何かに気付かないほど白痴ではない。自分の父親よりも年が離れた同性に恋、をしている事に気付き、悩んでいた。
「…アデクさん、チャンピオンである貴方がなんでこんな所にいるんです? よっぽどお暇なんですね」
 声を掛けるタイミングさえ計ってしまう己が情けなく、恥ずかしかったがチェレンは普段通り、を心掛け壁と向き合い何事か呟いているアデクに声をかける。アデクはチェレンに気付くとすぐに振り向き、髪を無造作に掻いて土に胡坐をかいていた状態から立ち上がり満面の笑みを見せた。
「いや何、お前さんがここで修行をしていると聞いてな! であればワシも是非とも同席させてもらおうと思ったのよ!」
「…煩いですよ」
 よく通るアデクの声はわんわんと洞窟内に響く。それに眉を顰めながら文句を吐いたチェレンの目には、たった今までアデクが座っていた場所の前にポケモンがいる事に気付く。
 空色のふわふわとした体に黒い羽根が付いたそれは、どうやらコロモリらしい。チェレンの記憶では、アデクはコロモリを手持ちに入れていない。であれば、野生のポケモンなのだろう。しかしコロモリは酷くアデクになついているように見え、チェレンはアデクに見えぬよう眉根を寄せて唇を噛んだ。
 アデクはふらふらとしているようでいて、人並外れたカリスマを持っている。それは人間のみならず、こうしてポケモンをも呼び寄せるのだろう。チェレンは自分もそのカリスマに引き寄せられた一人だと言う自覚があった。敵意があれば別だろうが、来るもの拒まずのスタイルをとるアデクに、歯痒いような感情を抱く。こうして声をかけてもらえる位置にこそいるものの、チェレンは決して自分がアデクの特別ではないと知っていた。
 一度深呼吸し己を落ち付け顔を上げたチェレンだったが、顔を上げた先、思いもよらぬ間近にアデクの顔があり驚いて仰け反りたたらを踏んだ。アデクは俯き押し黙っていたチェレンを訝しみ、顔を覗きこまんとしたらしい。
 予想外の事に慌てるチェレンを見、アデクはさも可笑しげに笑うとチェレンの頭に掌を置きぐりぐりと押し込むようにして撫でた。遠慮の無い力に髪が引っ張られる痛みを感じ、チェレンは眼鏡を抑えつつアデクを睨みつけその手を払う。
「止めてくださいよ! 頭撫でられて喜ぶような子供じゃあないんですから!」
 想い人であるアデクにうろたえる姿を見られた羞恥に耳までを赤く染めながら噛みつくチェレンに対し、アデクは屈託なく笑い執拗にその髪を撫ぜようと手を伸ばした。払っても払っても伸ばされるアデクの手に、最早抵抗するだけ無駄だと感じたチェレンは軅てなされるがままになり、大きな掌が髪を掻き混ぜるのを感受する。
 抵抗するふりをしながらアデクの服を掴み引いてみてもアデクが気にする様子は全くなく、チェレンは隠す気も無く溜息を吐いて眉間に皺を寄せる。チェレンがアデクに何も伝えていないため、当然ではあるがアデクはチェレンの想いを知らず、寧ろ我が子のような思いを抱いているに違いない。良い所で弟子だろう、チェレンは望みのない己の恋に目を伏せて、泣きだしたくなるような胸の苦しさを追い遣った。
「いつまで撫でてるんです。修行、するんでしょう」
「おお、そうだそうだ。では手始めに、バトルと行くか!」
 チェレンが体を離し腰のモンスターボールに手を遣ると、笑んでいたアデクの顔付きがすっと引き締まる。今の己では到底追い付けない、威厳を持ったチャンピオンの姿にチェレンはまた一つ鼓動を高鳴らせ、同時に感じた悔しさを隠すために勢いよくボールを投げた。



END
僕はマンガの主人公みたいになれなくて


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