白雪姫を | ナノ



 シルバーに噛み癖があると分かったのは、つい最近の事だ。
 味わう事を知らぬが如く、砕くように食べていたシルバーを窘めたワタルが、いっそ自分の指を噛んだ方が良いと提案した日から、ワタルの人差し指から内出血が消える事はない。
 利き手ではない左手を差し出してはいるものの、人前に出る事が多いワタルである、不自然な傷――注視すれば歯型だと容易にわかるそれに気付かれる事も多かった。

「…ワタル、」
 風呂にも入りもう眠る時間にもなろうかという夜更け、リビングに据えられた革張りのソファに座り、己の左手をじっと見つめながら取り留めもない事を考えていたワタルは、シルバーの呼び声に急速に覚醒した。
 ぼんやりとしていた為に反応が遅れ、それを訝しんだシルバーがもう一度呼ばわる声に、胸中に言い知れぬ何かが去来してくるのを、ワタルははっきりと感じ取る。それがなんであるのか何となく理解は出来たが、それを言葉にするのはワタルには憚られた。表に出して認めてしまえば歯止めが効かなくなるだろうし、決して良い感情でもなかったからだ。
 際限なく湧き上がるそれを理性で以て抑え込みながら、シルバーがワタルを二回呼ぶ頃には、ワタルはゆるりと笑ってシルバーに向き直ってみせる。
 今日はワタルの業務が長引いた為、シルバーは夕飯も風呂も先に済ませ、もう眠っていた筈だった。それが、日付も変わった時間に起きてきてワタルを呼ぶのだから、何か用があるのだろう。否、その用向きも分かっていたが、ワタルは敢えて気付かない振りをしてシルバーを己の傍へと招き寄せる。
 シルバーの呼び声には、聞き覚えがあったのだ。普段は余り抑揚がない声音である筈が、ほんの少しの甘さを孕んでいる。どこか甘えるような雰囲気を持ったその怖色は、シルバー自身無意識であり気付いていないのだろう。もしかしたら、ワタル以外の他者が聞いても違いが分からないかもしれない。
 しかし、ワタルはシルバーが何を求め、ワタルのどんな反応を期待しているのかをはっきりと感じ取ることが出来た。それが良いことなのか、そうでないのか――道徳に反した“恋愛”をしている以上、考えても栓が無い事だ。
「いいよ、シルバー君が、満足するまで」
 ひら、と掌をひらめかせたワタルの手招きに応じソファに腰かけたシルバーは、無言でワタルの左手を取り口元に引き寄せた。痛々しい痣を広げてしまう事に負い目を感じているのだろう、その視線は伏せられワタルを見ることはない。
 それも分かっているからこそ、ワタルはシルバーに殊更優しく言い、自らシルバーの唇に指を触れさせる。ワタルの行動に小さく肩を跳ねさせたシルバーがおずおずと指に歯を立てた鋭い痛みを感じながら、ワタルはともすれば吊り上がりそうになる口角を抑えていた。

 これは、支配欲だ。
 ワタルは己の抱く感情に名をつけ、己を戒めながらも高ぶる感情を殺しきれないでいる。
 自尊心の強いシルバーがこれだけ弱みを見せるのは、ワタルを信頼し“愛”しているからなのだろう。恋人と称するようになって暫く経つが、ワタルはシルバーの全てを掌握していると言っても過言ではなかった。寧ろ、ワタルはシルバー自身が知らない事まで知っている。
 噛み癖を治したいのならば他に幾らでも方法はあったろうに、対処と銘打って薬にも何にもならない事をさせているのは、偏にシルバーを支配していたいからだ。
「気にしなくていい、大丈夫だよ」
 皮膚を破らんばかりに指に歯を食い込ませながらも、時折ちらちらとワタルを窺い見てくるシルバーが愛おしい。左手を好きにさせながら右の腕はシルバーの肩を抱き胸に凭れかけさせ、逆にシルバーを噛んでしまいたいと考えていた。
 少年、という時期にしては白い肌に、己の歯形を幾つも付けてやりたい。痩身を掻き抱いて、滅茶苦茶に犯してしまいたい。決して口にも、顔にすら一片も出しはしないが、ワタルはじくじくと疼痛感じながら、頭の片隅で膨らむ願望を消せはしない。
 軅てシルバーは、満足したのだろう、ゆっくりと人差し指から口を離し、ワタルの右手が力を込めるままにワタルに寄り添い身を預けていく。
「痛く、ないのか」
 遠慮がちに発された言葉に首を振りながら、寧ろ、そう紡ぎかけてワタルは唇を引き結び、そのままシルバーの額に軽く口付けた。



END
白雪姫を汚そうか


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