手乗りコイビト | ナノ



 その日、たまたまワカバタウンの傍に野宿していたシルバーは、陽が昇り行動を始めた矢先に出会う人出会う人から祝いの言葉を掛けられ目を何度も瞬かせた。
 まずは偶然出会ったヒビキにおめでとうと大声で叫ばれたことを皮切りに、その声に気付いて研究所から顔を覗かせたウツギ博士に、家のベランダから身を乗り出して手をふるコトネに、恥ずかしくなったシルバーが礼もそこそこに慌てて逃げ出した先のヨシノシティではポケモンセンターのジョーイさんに。
 周囲にいたトレーナー達も乗じて口々にシルバーを祝う。祝われる原因に思い当たりはしたが、シルバーのこれまでの人生でこの日をここまで祝われた事はない。気恥ずかしさを覚え、また駆けだしたシルバーが脚の赴くままにエンジュまで辿りついた時、ふとシルバーの上空に影が差しそれを訝しみ顔を上げた時、突然の浮遊感と共にシルバーの身体は宙に連れ去られていた。
「うわ、わ、」
 体が宙に浮いただけではなく、浮いたまま高速で空を移動している。突然の空気抵抗に目が開けられず悲鳴を上げたシルバーが漸くそれにも慣れて目を開けると、己の身体が脇から抱えられ抱きしめられている事が分かった。
 一体何事なのかと身を強張らせるも、シルバーを抱く腕をよくよく見てみれば何と言う事もない、その腕はワタルのものだ。シルバーが安堵と呆れの意味合いを含んだ息を深々と吐き出し首を捻ってワタルを振り返ると、ワタルはシルバーににこりと笑いかけますます体を抱く腕に力を込めてくる。

 シルバーがワタルと顔を合わせるのは、凡そ二週間ぶりだ。年末ともなればこれまでの仕事のまとめやら決済やらが忙しく、シルバーに構う暇がとれないのだとワタルがシルバーに連絡を寄越したのが二週間前のことだった。構う事は出来ないが自分のプライベートルームを宿泊施設として利用してもいいのだとワタルはシルバーに行ったが、シルバーはそれを断りあちらこちらに足を向けていた。その内ワタルは他の地方へと出張に行ったとの知らせが入り、益々シルバーの足がリーグから遠ざかっていた矢先に、ワタルのこの誘拐じみた行動である。
「危ないだろ…。おまえ、出張に行ってたんじゃなかったのか?」
 ワタルとシルバーを乗せ空を我が物のように泳ぐカイリューが少し飛ぶ速度を落とした事で、然程風の抵抗が気にならなくなりシルバーはワタルへと問いかける。
 するとワタルは一つ頷き、そしてシルバーを抱く腕を一旦離し正面から再度その体を胸に抱いて互いの頬を擦り合わせた。
「うん、昨日まで。本当はもう暫く向こうにいなければいけなかったんだけど、でも今日はシルバー君の誕生日だからね」
 冬真っ盛りのこの時期の気温は低く、更に上空を飛んでいる為に肌が冷やされ、触れ合った頬は酷く冷たい。シルバーがその冷たさにきゅうと目を閉じるとワタルは笑い、そして何と言う事もないようにシルバーの問いに答えを返した。
 シルバーの聞いた話では、ワタルはポケモンリーグ総本部のチャンピオンとして海を越えた、シンオウ地方に赴いていた筈だ。しかしそれを蹴ってまで、シルバーの誕生日の為に帰ってきたと聞きシルバーの眉間に皺が寄る。閉じていた瞼を押し上げワタルを睨むと、ワタルはシルバーの言わんとしている事に気付き苦笑を浮かべてシルバーの背を数度撫ぜた。
 穏やかなワタルの表情にシルバーのきつい視線も徐々に和らぎ、仕舞いには視線をうろうろと彷徨わせてしまう。シルバーにとってこれまで誕生日というものは然程重要なものではなかった筈なのに、こうして朝から多くの人に祝われると奥歯を噛み締めたくなるような、歯痒い気持ちにさせられる。それはきっと嬉しいという感情なのだろう、シルバーはそう分かっていたが、それを認めてしまうのは幾分か悔しく感じられ、シルバーは何という事もない、と自分に言い聞かせ平静を気取ろうと深く息を吸い込んだ。

 ウツギ研究所からワニノコを盗み出したあの日から、もう二年が経つ。オーダイルとなったワニノコは随分前に正式に手持ちとなり、そしてシルバーはワタルの庇護のもとでトレーナーとしての本当の第一歩を踏み出した。ジムに挑戦しに行き、折を見てヒビキとも対戦し、その一方でワタルとの仲も深まり恋人という関係にもなった。
 その恋人、であるワタルがこうして己を優先し祝おうとしてくれた事はシルバーの頬を紅潮させるに十分な事だったが、しかしその一方、ワタルが自分を優先し職務を疎かにすることが気がかりなのだ。
 思い返せば返す程に平静を装う事を失敗し、遂には穏やかに笑うワタルと目が合わせられなくなったシルバーの頬をワタルの手が捉え、そしてこつりと小さな音を立てて額がぶつけられる。
「大丈夫、ちゃんと許可を取ってきているよ。俺はね、君の事が誰よりも好きだよ。愛しているんだ。だから、君とこういう関係になって初めての君の誕生日をちゃんと祝わせてくれないか?」
 ワタルの声は大きくはなかったが、しかし耳元で渦を巻く風に掻き消されてしまう事もなかった。ワタルはシルバーの不安を払拭するよう幾度も背を撫で、そして愛していると囁く。
「…分かった、から、もう……っ」
 絶えず囁かれる睦言にシルバーが耐えきれずワタルを押し退けると、ワタルはくすくすと笑って風で乱れたシルバーの髪を耳にかけた。その指でシルバーの頬を辿り、顎を撫で唇に触れて視線を絡ませる。それはいつも、ワタルがシルバーに口付けをする時の合図だ。
 そのまま深く、貪られる様な口付けを受けながら、シルバーはこういう誕生日も悪くはないかとひっそりと笑みを浮かべたのだった。



END
手乗りコイビト



*シルバーがワタルと恋人になって、初めての誕生日の話でした。少し初々しい二人です。シルバー君ハピバ!!
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