世界・君の中 | ナノ




 壁に掛けられた温湿計が示す室温は21℃、クーラーが吐き出す風は19℃に設定されている。
 狭くはないが広くもない、丁度良い広さの寝室に据えられたベッドの上を、クーラーの風は端から端まで往復し冷気を吹き付けていた。
 ベッドの上に一糸纏わぬ姿で転がっているシルバーの体感温度はそれよりも低く、汗が引くとシルバーはもそもそと布団に潜り込みふわふわとした掛け布団に包まり数度瞬いた。
 全身が気怠いのは炎天下の昼に出歩いただの、修行で疲れただのとそういう訳ではなく単に先刻までワタルと肌を合わせていたからだ。
 冷房の効いた部屋だというのにびっしょりと汗をかく程シルバーを求め貪ったワタルは今、寝室にはいない。
 シャワーを浴びてくるよとシルバーに言い置きバスルームへと消えていったワタルは、普段はクーラーを27℃に設定している。暑いと言って余り低くしては身体に悪いからという理由らしい。
 先刻までも勿論設定温度は27℃だったのだが、ワタルがいない内にこれ幸いと暑さに弱いシルバーは痛む腰に鞭打ってリモコンを取りに行き、これでもかと温度を下げたのだ。
 一気に7℃も下げられるという暴挙にも関わらずクーラーは確りと働きシルバーの身体を冷やしている。

「待たせたね、シルバー君…うわ、随分と寒いな」
 シルバーが布団に包まりとろとろと微睡み始めた頃、髪をタオルで拭いながらワタルが寝室のドアを開きその室温に眉を寄せる。
 ワタルの声に瞼を押し上げたシルバーはベッドサイドに置いたクーラーのリモコンを手に取りその手を無言で布団の中へと引き込んだ。
 渡さない、と言わんばかりのシルバーの行動にワタルは苦笑しベッドへと歩を進めてそこへと腰掛ける。簑虫の様なシルバーが目までを布団から出しじっとワタルを見つめているのに気付き、ワタルは乱れた緋色の髪を指先で整えてやった。
 シルバーは暫くすると埋めていた顔を完全に布団から出し、片手で布団を持ち上げてワタルを呼んだ。それに応えてワタルが布団へと入り、しかし濡れている髪を懸念して腕を枕代わりに寝添うとシルバーがワタルの胸に擦り寄りぐりぐりと額を押し付けてくる。
「ワタル、腰が痛い」
 まるで赤子が愚図るような声音だった。シルバーは触れ合った脚先で幾度もワタルの脛を蹴り痛い痛いと駄々をこねる。
「痛くなくなるまで撫でてあげるから、寝ても良いよ」
 ワタルが片手をシルバーの腰に乗せてそこをゆっくりと撫でるとシルバーは大人しくなりワタルの顔を伺う仕草を見せた。微かに低い音を立てるクーラーからは、変わらず冷気が噴出している。湯を含んで濡れていたワタルの髪は瞬く間に冷やされ、シルバーがワタルの額にかかる髪に触れると水分はシルバーの手をも濡らした。
「寒いなら、戻す…」
 その余りの冷たさに設定温度を下げたシルバーは罪悪感を抱いたらしい。己も先は寒さを感じて布団に潜ったのだ、髪が濡れているワタルはもっと寒いだろうと眉を下げたシルバーを見てワタルは笑い首を横に振った。
「良いよ、大丈夫。でも何でこんなに下げたんだい?」
 幾度もワタルの髪を撫で付ける手を取り口許へと引き寄せ指先に唇を落としたワタルが問うと、シルバーは目元をほんのりと染めて照れ臭そうな表情を見せた。
 一つ、二つとワタルがゆっくりとシルバーの冷えた指先に順にキスを落としていく。ワタルの唇が薬指に辿り着く頃にシルバーは片腕をワタルの背に回して口を開いた。
「夏に、部屋を寒くして布団に入ってるの…何か、贅沢だろ」
 ワタルが布団に入ってきた為に少し捲れ上がってしまった掛け布団はシルバーの胸から下を覆っている。布団からはみ出た剥き出しの肩は冷気ですっかり冷えてしまっていたが、シルバーは気にしていないようだった。
 寧ろ、布団の中の暖かさと室温の冷たさの差を楽しんでいる節がある。そんなシルバーの言を聞きワタルはくつくつと思わず笑い声を漏らした。
「フ…、そうか、うん、確かに贅沢だ」
 笑うワタルの背を、シルバーの右手がぺたぺたと探り肌に触れてはそこに体温を落としていく。
 時折指先が瘡蓋になった爪痕を撫ぜていきワタルは背に小さな痛みを覚えたが、それを口に出す代わりに唇で触れていたシルバーの手指に己のそれを絡めて己の胸へと引き寄せた。絡みあった指に力を込めると、シルバーも躊躇いの後にきゅうと握り返してくるのが分かる。
 眠たくて体温が上がってるのだろう、冷たさを求めてワタルの冷えた背を彷徨っていたシルバーの掌が、その内力を無くしてシーツに落ちた。シルバーは幾度も瞬きを繰り返し、欠伸を噛み殺していた。とろりとした瞳でワタルを見、そして洗い晒しの髪が未だ濡れているのを見て眉を寄せる。
「髪、乾かさなくて良いのか…?」
 眠気を堪えて発されたシルバーのその声は、まるで髪を乾かすためにワタルが離れてしまう事を嫌がっているように思え、ワタルは首を横に振りずり下がっていた布団をかけ直した。
 冷やされ体温を失い白さを増していた肩に布団がかけられると、その温もりに遂にシルバーの瞼が瞳を覆っていく。
「このまま一緒に眠ってしまおう。…ね?」
 先刻多少無理をさせた事もあってシルバーはすぐに眠りに誘われているようだった。不明瞭な生返事を返したシルバーが寝息を立て始めた頃にワタルが打つと、その拍子に腰にエアコンのリモコンが触れる。
 濡れた髪が起きた時にどうなっているかは考えない事にし、ワタルはシルバーの頬に己の頬を寄せると目を閉ざし、ゆっくりと眠りに落ちていった。


END
世界・君のなか



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -