世界はどうして | ナノ



 気温が高い時では40度を超える猛暑と言えども、夜になると過ごしやすくなる。
 昼間これでもかと付けていた冷房を切り、ワタルとシルバーはベランダに簡易テーブルと椅子を出して涼んでいた。
 ワタルの執務室の奥にあるプライベートルームは豪奢な作りだったが、それに漏れずベランダも洒落た造りとなっている。居心地の良い簡易テラスとなったベランダで、なにをするでもなく椅子の背凭れに体を預けていたシルバーは、飲み物を取ってくると言い置き一度室内に戻ったワタルを待っていた。
「お待たせ。シルバー君はこれ」
 シルバーがぼうっとするのにも飽き、椅子の上に足を乗せ膝を抱える体勢を作った頃、銀盆を片手に乗せたワタルが姿を見せる。
 盆の上には二つのグラスと簡単な軽食が乗っており、シルバーはワタルが遅くなった理由を悟った。何の事はない、酒とその肴を用意していたのだ。透明なグラスは氷が浮いているため少し汗をかき、中では気泡がふつふつと水面に昇っては消えていく。
 シルバーは己の前に置かれたグラスを手に取り思わず鼻を近づけた。ワタルのものと、シルバーのグラスには見た目の変わりはなかったのだ。
 透明なソーダ水に、浮かんだ氷とライム。キンと冷えたグラスは昼間の暑さの中で手にしたらさぞや気持ちが良いだろう。
 肴を用意したと言う事は、少なからずアルコールが入っているのだろうと警戒し、中々口をつけようとしないシルバーを見てワタルが低く笑い声を零す。
「それ、お酒じゃないよ」
「…そうなのか?」
 ワタルが自分のグラスを手に持ち、ガラスのマドラーをくるりと回す。微かな音を立てて氷がグラスを叩き、衝撃でグラスの表面に結露していた水滴がワタルの手を伝ってテーブルへと落ちていった。
「それは、ただのソーダ水。俺のはジンが入っているけれどね」
 ライムを絞って薄く味を付けているのだと続けたワタルは、シルバーが頷き納得したのを確認してから肘を持ち上げグラスを掲げた。その意図するところを悟ったシルバーも、怖々とグラスを持ち上げワタルのそれと触れ合わせる。
 余り綺麗な音色は立たなかったが、硬質な音と共にワタルが乾杯、と唇に乗せ、その雰囲気にどうしてか気恥ずかしくなったシルバーはワタルから目を逸らすようにしてグラスに口をつけた。
 喉に弾ける炭酸と、甘苦いライムの味が暑さに疲れた体を癒していく。
 手製のカクテルを喉に通し一息吐いたワタルを窺えば、アルコールの所為だろう、微かに瞳を蕩けさせ、口元には機嫌良く笑みが浮かんでいた。
「シルバー君が成人したら、一緒にバーに行こうか」
 じっ、とシルバーが己を見ている事に気付いたのだろう、ワタルは暗い紺をした空に向けていた視線をシルバーへと遣りその手を髪へと伸ばす。
 テーブル越しの為に掌全体でシルバーの髪を撫でる事は叶わなかったが、それでも癖のある毛先を指先に絡めて遊んだワタルは笑みを深めて言葉を紡いだ。
 シルバーはワタルの指を退けることも出来ず、ただワタルを見つめている。
 ワタルがどういう心算でそう言ったのかはシルバーには計りかねたが、それでも、この関係を将来まで約束された事が分かって胸に嬉しさが込み上げた。もしかしたら、自分が飲んだグラスにもアルコールが入っていたのかもしれない。そう思ってしまうほど急激に心臓が早鐘を打ちだし頬が紅潮する。
「…約束、だからな」
 髪から手を滑らせ朱に染まったシルバーの頬を撫でるワタルの手の甲に己の掌を触れさせ、シルバーは頷いた。小指を絡めようかと思ったが、その為にワタルの手を離してしまうのが、惜しかった。


 夜風を受けながら少しずつグラスを傾けるワタルは空を見上げている。
 その視線を追って雲一つない星空を見上げたシルバーは、周囲の星の光をかき消し大きく輝く月に目を留めて瞬いた。
 月が、自ずと光を発している訳ではないと知ったのはいつの事だっただろうか。あれは太陽の光を反射しているだけなのだと教えられても上手く納得が出来ずに駄々を捏ねた頃が懐かしい。
 直接見る陽光はあれほど目を射すというのに、反射したものは優しく夜を彩るのだと思うと胸が掻き立てられるような心地になる。
 これが浪漫と言う奴かと一人笑みを噛み殺していたシルバーだったが、空を向いていたワタルの顔がいつの間にか此方に向けられている事を知り首を傾げた。
 シルバーと視線が絡み合うと、ワタルはまた空を向く。
「ワタル?」
 思わず声を上げたシルバーを横目で捉え、ワタルはゆっくりと口元に笑みを佩いて目を細めた。いつの間にか氷が残るだけとなったグラスを銀盆に戻し、ワタルは椅子を立ってベランダの手摺りへと寄り掛かる。
 目線でおいでと促され、慌ててワタルを追ってその隣に並んだシルバーの背を、夜空の色と同じマントが包み込んで温もりを分かち合った。
「綺麗、だね」
 シルバーの肩をマントごと抱いたワタルが口を開く。唐突な言葉の意図が掴めずワタルを仰ぎ見たシルバーの額に、そっと唇が落とされる。普段よりも高い体温の唇は二度、三度とシルバーの額を撫ぜ、そして離れていった。
「月が、綺麗だね」
 繰り返される口付けに目を閉じたシルバーが、そのままワタルの背に両の腕を回し抱きつくと、ワタルも確りとシルバーを抱きしめ再度空気を震わせた。
 後方で、カラン、と融けた氷がグラスを滑る音が鳴っていた。


END
世界はどうして美しいの


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