何回言えばいいの | ナノ
ライバル君17歳設定


 子供の頃は、月日が経ったら周りはどのように変わるのだろうと胸を躍らせ、逸そ空さえ突き抜けて、宇宙に住めるのではないかと期待もした。けれど現実はそう変わるはずもなく、それもそのはず、長く見えた月日はまだたったの五年しか経っていない。
 その間変わったことと言えば、いくつかのジムリーダーが入れ替わったことと、新しいポケモンが続々と発見されたことだろうか。
 実際はもっと日々たくさんの事が変わっているのだろうが、何が変わって何が変わっていないかなど、各々の関心によって変化するものだろうとシルバーは結論付け思考を止めた。
 暑い夏の夜、思い出したのはいつの日か、ワタルとグラスを交えた事だ。確かワタルはジン・ライム・ソーダを、そして自分はそれからジンを抜いたものを飲んでいた。
 何の前触れもなく突如脳裏に甦った記憶にシルバーは首を傾げ、そして無意識に手を胸元――服に隠されたネックレスへと触れさせていた。ネックレスには、シンプルな銀のリングが通されている。普段は然程意識もしないと言うのに、そのリングをシルバーに与えた人物の事を考える時は決まって手がリングを探してしまう。
 数度指を通しただけのリングは、決して無くさないようにとチェーンに通し、その繋ぎ目さえ工具で融かして多少の事では首から外れないようにしてある。
「ワタル…」
 シルバーはチェーンを服の下から引っ張り出し、指輪を弄びながら浮上した昔の記憶に思いを馳せた。空には星を霞ませるほどの、佳い月が浮かんでいる。あの日も同じ月が出ていたと思い出し、何の事はない、あの夜と同じ空が広がっているから記憶が触発されたのだと気付き口元に笑みを刻んだ。
 何の気なしに、自然と将来を約束されたあの日――、あの約束の期日はまだ訪れていなかったが、シルバーもワタルもあの日から微々とも心変りはしていなかった。寧ろ、月日が経つにつれシルバーは更にワタルを好きになっていく。
 きっとワタルも同じなのだろう。シルバーは何故自分が先刻月日の移り変わりを思案していたかその理由を思い出し、慌てて腕に視線を落とした。


 最近最も変わったこと、それはポケギアにメール機能が追加された事だろう。
 携帯電話はポケギアより前から普及し、メール機能や通話機能はそちらの方が優遇されていたが、激しい動きをすることも多いポケモントレーナーにとって二つも精密機器を持つのは宜しくない、と再三要望があったらしい。
 数多のトレーナーの好みに合わせるため、近年は追加機能を使いたい者のみアプリとしてポケギアに組み込めるようになり、携帯電話を持たないシルバーはこれ幸いと早速メール機能をインストールしたのだ。
 と言ってもシルバー自身余り電話もメールもすることはなく、どちらかと言えば強請られてアプリを追加したとも言える。
 シルバーにメール機能を付けろと懇願した人物とは、誰でもない、ワタルだった。
 手首に装着するポケギアでメールをすると言っても、片手が制限を受けるために多少文字が打ちにくい。インストールしたメール機能を使ってみんとしたシルバーはその面倒さに早々に匙を投げたかったが、これでワタルにメールを送らずにいたら恐らく強制送還されるに違いない。
 シルバーは溜息を吐き、昼間新規作成画面を開いたままスリープモードにしたポケギアを再起動させた。


 今、シルバーはシンオウ地方にいる。
 十五になった日にシルバーはワタルに旅に出たいと打ち明け、それを了承されて二度目の旅に出立した。その頃にはシルバーの後見人は完全にワタルとなっており、別の地方に行くにも問題はなかったのだ。成人していないトレーナーには保護者の確認が取れるID付きのトレーナーカードを持て、とは随分と面倒なシステムを作ってくれたと一度目の旅をしていた最中のシルバーは歯噛みしたものだが、今ではそれも悪くないと思えるようになっている。
 シルバーのトレーナーカードのマイクロチップには、ワタルの情報も組み込まれているのだ。ワタルとの繋がりの証明となるカードは、シルバーにとってお守りのような意味を持っていた。それを決してワタルに告げはしないが、シルバーはカードを二度と落とすまいと心に決めている。
 兎も角、シルバーに対し恋人兼保護者兼兄の様な役割を果たす事になったワタルはシルバーの旅を肯定はしたが、少なからず制約も付けた。
 その内の一つが、連絡を寄越す事だ。連絡がなかったら強制送還させるよと言ったワタルはにこりと笑っていたが、きっと冗談で言ったのではないだろうと背筋を震わせたシルバーは渋々ポケギアの通話機能でワタルに連絡を入れていたが、如何せん話下手なシルバーは通話の度に黙り込んでしまいワタルを苦笑させていたのだ。会って話している時は会話が途切れても何の苦でもないというのに、どうして通話だと気まずいのだろうとシルバーがぼやいていた時に、メール機能が実装された、という経緯になる。


 シンオウも夏は雪も溶けて気温が上がる。暑い。
 どうにかこうにかそんな当たり前の事を打ちこんだシルバーは相手を選択し送信ボタンを押そうとしたところで手を止めた。
 映画のコマ送りのように脳内であの日の出来事が幾度も幾度も繰り返し流れる。
 席を立つワタル、それを追うシルバー、マントごと抱き寄せられて口付けを受ける、そしてワタルが口を開いて――。
『月が、綺麗だね』
 まるで特別な文言のようにワタルはそれを口に乗せた。ただの月を愛でる言葉と分かっていながらもシルバーの記憶から囁くような声が消えない。
 シルバーは一度空を仰ぎ、細めた眼で月を見てからメール画面に向き直った。暑くも澄んだ空気の中、月は白く綺麗だった。

 今、シンオウのナギサにいる。ナギサは雪がなくて、暑い。
 今度、ジムにも行くつもりでいる。
 今日は月が綺麗だな。

 締めの一文に丁度良いだろうとシルバーはそれを打ち込み、今度こそ送信ボタンに触れる。
 あの時の事を、ワタルも覚えているといい。そう、一人笑みを噛み殺しながら暫く空を眺めていたシルバーは、メール受信を知らせるポケギアの音に肩を跳ねさせ大きく息を吐いた。
 差出人はワタル、となっている。
 シルバーがメールを送信した先はワタルのポケギアでなく私用のパソコンのため、ワタルはポケギアでなくパソコンで直接メールを書いているのだろう。さぞやメールもし易いだろうと内心皮肉ったシルバーだったが、しかし届いたメールの文面に首を傾げ瞬いた。
 四文字の短いメールは読みかえすまでも無い。


 俺もだよ


「…はあ?」
 たっぷり三分はその意味を考え、自分が送信したメールをも確認してもワタルから送られてきた言葉の意味が分からず、遂ぞシルバーは声をあげた。
 ワタルがジムに行くはずもないし、では俺も、とは何であろうか。
「耄碌し始めてるんじゃないだろうな…」
 ワタルが聞いたら怒りだしそうな言葉が口をつき、音沙汰も無く沈黙してしまったポケギアを睨みつけながらシルバーは睡魔に襲われるまで、ワタルのメールの意味を考える羽目となった。
 白い月明かりが、シルバーの頬をそっと、照らしている。


 ミオ図書館を訪れたシルバーがとある本を手に取り、全てを知って照れ臭いやら恥ずかしいやらでワタルに怒りの電話をかけるのは、もう少し後のことである。



END
「何回言えば良いの、愛してる!」



*ポケギアの設定は捏造です。
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