僕の幸福 | ナノ



 がり、と固い音が響いてワタルはテレビに向いていた視線を傍らのシルバーへと向けた。音はシルバーの口元から断続的に響き、やがてがりがりと連続して鳴る。
 シルバーの手には飴の包み紙が握られており、それは数分前にワタルがシルバーへ与えたものだった。
 シルバーはワタルの視線を気にすることも無く、一心不乱に飴を咀嚼している。そうしている間にまた一つ、飴がシルバーの口へと運ばれすぐに噛まれていった。
「…歯を悪くしてしまうよ」
 ワタルがみかねてシルバーの手から飴を取り上げると、シルバーは不機嫌そうにワタルを見上げた。ソファに座っていても幾らかワタルの方が背が高い。機嫌を損ねてしまった己の恋人を宥めようと、ワタルはシルバーの肩を抱き寄せると唇を重ねた。
 今し方まで飴を食べていた唇は仄かに甘い。もっとその甘さを味わおうと、ワタルは歯列を割って舌を口内へと滑り込ませる。
 シルバーは一度肩を震わせたのみで抵抗はなく、すぐにワタルの肩に縋って口付けを受け入れていたが、やがてワタルが執拗に口に残った飴の欠片を舐め取り始めると眉を寄せ、口内を良い様に蹂躙する舌に歯を立てた。
「痛…っ。酷いな、シルバー君」
 遠慮無しに舌を噛まれたワタルが堪らずシルバーから離れ口を押さえる。口の中にじわりと鉄の味が広がりワタルは苦笑してシルバーの髪を撫でた。シルバーはそんなワタルに構わず奪われた飴に手を伸ばす。それに気付いたワタルがシルバーの手の届かないとろに飴を放ってしまうと、シルバーはワタルを一睨みし立てた膝に顔を埋めてしまった。
「そんなに飴が食べたかったのかい?」
 拗ねてしまったシルバーにさすがに申し訳なく感じ、ワタルは穏やかな声音を作って問いかける。中々返事を返さないシルバーの背をゆっくりと撫で、後頭部に唇を落とすと漸くシルバーは顔を上げてワタルの胸に顔を埋めた。
「飴が欲しい訳じゃない、と思う」
 ぐりぐりと額を胸に押しつけられたワタルは再度シルバーの肩に腕を回す。シルバーもワタルの背に腕を伸ばそうとしたが、ふと動きを止めるとじっと己の指先を見つめて首を傾げた。
「…噛みたい、の、かも」
 シルバーの視線に釣られ、ワタルもシルバーの指先に視線を遣る。するとそこは幾度も噛んだのだろう、爪が不規則に削れており悲惨な状況だった。深く噛み千切られた爪は深爪になってしまっている箇所もある。ワタルが痛まないようそっと爪に触れると、ワタルの綺麗な爪と比べ恥ずかしくなったらしいシルバーは手を引っ込めてしまった。
「噛み癖があるのか。でも爪や飴をあんなに噛むのは体に良くないよ」
 ワタルが諌めるとシルバーは俯いた。自分でも分かってはいるらしい。しかし一度身についてしまった癖というのは簡単には直せないらしい。それを分かっていたため、ワタルはシルバーの顎を捕えて仰向かせ、一度小さな音を立てて唇を重ねると人差し指を以てシルバーの唇に含ませた。
「…う、ん?」
 突然指を口内に入れられシルバーは数度瞬きをする。ワタルはシルバーを抱き抱えしっかりと膝の上に乗せてしまうと口内の指でシルバーの犬歯をつついた。
「どうしても噛みたいなら、俺の指を噛んで良いよ」
ワタルはシルバーに笑いかける。思いもよらない事を言われたシルバーは首を横に振りワタルの腕を掴んで口内から指を引き抜こうとしたが、それが許されるはずもなく困惑の表情を浮かべた。
「…でも、」
 指が邪魔になり籠った声で困惑を伝えるもワタルに大丈夫だと諭され、シルバーは暫し迷いを見せた後に甘く指を食む。
 ワタルに視線を遣れば優しく笑みを返され、シルバーはワタルの胸に寄り掛かりながらもう一度指を噛んだ。今度は少し、力を込めて。
 やがてワタルを止めようと腕を掴んでいた両の手はワタルの手を支え持つものへと変わり、シルバーは指に歯を立て続ける。噛んでは赤く跡がついたそこを舐め、時折痛みを感じるほどに歯が皮膚へと食い込んだが、構うことなくワタルは片手でシルバーの髪を撫でていた。
 ワタルの口には、慈しみの笑みが浮かんでいる。



END
僕の幸福、君の不幸


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