ばらばらを繋いで、 | ナノ



 日課となって随分と経つ竜の穴での修行を終え、そろそろ夕飯を調達しに行こうかと洞窟を出た所で横から腕を掴まれシルバーはびく、と肩を跳ねさせた。
 反射的に顔を掴まれた腕の方へと向けると良く見知った顔が視界に入り小さく安堵の吐息を洩らす。
「ワタル…。何だよ、声、かけろよな」
 未だ腕を離さない、それどころか力を込めてシルバーを己の方へと引き寄せたワタルの鼻先が幾分か赤いのを見て、シルバーは彼が短くはない時間、自分を待っていたのだと悟った。恐らく邪魔をしてはいけないと思って洞窟にも入らずに入り口で待っていたのだろう、ワタルの気遣いにシルバーは嬉しいような照れくさいような感情を抱き、顔を俯けた。
 別に、修行の場だったら他にもあるのだ。しかしシルバーが竜の穴を選び続けているのは、こうしてたまに、ワタルが自分を迎えに来ることを知っているからだった。
「久しぶりだね。もう今日の修行は終わりだろう?」
 ワタルは問いの形をとっているが、シルバーが洞窟から出てきた時点で修行を終わりとしていることを彼は知っているのだ。ワタルとシルバーにとってそれは問いではなく、誘いの文句だった。
「この後用事は、ない」
「そうか、じゃあ」
 こうしてワタルがシルバーを迎えに来た後は大抵ワタルの仮住まいとなっているリーグのチャンピオン控室に連れて行かれ、そこで何をするでもなく二人で過ごしている。ワタルがとりとめもない話をすることもあれば、シルバーが修行の事や、手持ちの事をぽつぽつと話すこともあった。
 そんな、ひっそりとした関係が続いてもう一年になる。
 シルバーの腕を掴んでいた手を滑らせ改めて彼の掌を取ると、ワタルは上空を待っていた手持ちを呼んだ。さり気無く繋がれた手を解こうとしていたシルバーだったが、いつもの如く、ワタルと最も信頼関係の厚いカイリューが来るのだろうと思っていた予想が裏切られ思わず繋がれた手に力を込めていた。
 滑空してきたポケモンは、これまでにシルバーが見たことがない種だった。
 カイリューであれば互いに見知っているためにシルバーもその背に乗ることが容易かったが、知らぬドラゴン族であれば話は変わる。ドラゴンは基本的に主以外には手厳しいのだ。初対面の自分を乗せるのは嫌だろうとシルバーは自分の手持ちの中からクロバットを出そうとしたが、ワタルにその手を止められた。
「おいで」
 ワタルが発した声は、どちらに向けてのものだったのだろうか。シルバーは首を大きく上向かせて高い位置にある竜の顔を見る。するとその竜もシルバーを見んと首を下げた。
 しばらくシルバーと竜は見つめあっていたが、やがて竜は一鳴きすると目を細めて姿勢を戻す。嫌がられたのだろうかと思わずシルバーは竜に向けて片手を伸ばし赫色の腹に触れた。
「……あ…、その、」
 竜特有の硬質な腹に触れたとはいえ、そこからどうするか考えていた訳ではなく中途半端な体勢のまま途方に呉れたシルバーに、一連の行動を見守っていたワタルがくつくつと笑い出す。きっ、と彼を睨みつけたシルバーにワタルは軽く謝罪し、竜を呼んだ。
「ガブリアス、良いのかい?」
 ガブリアスと呼ばれた竜は何も返さなかったが、それだけでワタルには竜の意思が伝わったのだろう。シルバーと繋いだ手を解くとその手を彼の頭に乗せ、ゆっくりと髪を梳いた。
 その心地よさと、相反する居心地の悪さに視線を泳がせたシルバーに微笑み、ワタルは言う。
「この子は余り、人に触れられるのを好まないんだよ」
 その言葉に慌てて竜から手を離そうとしたシルバーをワタルは制止して尚も穏やかに笑った。ワタルの笑みは、シルバーにとって一種の刷り込みのような要素を持つ。シルバーを褒める時、慈しむ時、いつもワタルは穏やかに笑んでいた。
「でも、君に触れられても抵抗しない。ガブリアスが君を認めた証拠さ」
 今一度仰ぎ見た竜は無表情だったが、シルバーはそっと両手を竜の腹にあて、頬を寄せた。硬質な、しかし暖かな腹部はシルバーを受け止め、決して拒絶しなかった。
 じわりとシルバーの視界が揺らめく。
 ワタルに特別な思いを抱くようになってどれ位経つだろうか。ワタルの手持ちに認められたという事実に、シルバーは竜の腹に顔を隠しながら涙を堪える。
「…行こうか、シルバー君」
 涙が乾いた頃に見計らったかのようにワタルに声をかけられ、そういえば彼が寒い中自分を待っていたのだと思いだしたシルバーは、素直に言に従い竜の背に乗ったワタルの後を追った。


 雲の上は地表よりも寒く、また風の抵抗でバランスを崩しやすい。
 普段より竜の背に乗り立つこともできるワタルとは違い、シルバーはいつも目を開けていることがやっとだった。
 そんなシルバーをワタルはいつも通り背後からマントで包んで抱きしめる。上空では会話もなく沈黙が落ちていたが、不思議と居心地は悪くなかった。

 控室につくとワタルは手ずから扉を開き、シルバーを迎え入れた。普通であれば立ち入ることを許されない場所だからだろう、遠慮がちに入っていくシルバーにワタルは笑みを零す。最近13の誕生日を迎えた少年はまだ小さく、愛おしかった。
 入室後、そのままソファ辺りに行くだろうと思っていたシルバーがドアの前で自分を待っていることに気付きワタルは小さく首を傾げた。目線のみで何だい、と問えばシルバーは上目で窺うようにワタルを見る。
「なあ、珈琲、飲むだろ?」
 冷気に当てられてシルバーもワタルも手指が悴んでいる。確かに温かいものを体は欲していたが、シルバーがそう問うたのは別の理由があった。
 シルバーはワタルの元を訪うと必ず珈琲を淹れる。それが習慣になったのはシルバーが子供ながらに珈琲を淹れるのが上手かったからだ。父親のために練習したのだというその腕は長らく使われていなかったが、手持無沙汰にしていたシルバーに初めてワタルが珈琲を頼みその味を褒めた時から、ワタルのために使われるようになった。
「そうだね、頼んでもいいかい?」
 ワタルから了承を得るとシルバーは簡易キッチンへと駆けていく。その背から喜びが滲み出ているのを感じ、そういうところは子供らしいのだとワタルは笑った。
 愛おしい。口には決して出さないが、ワタルもまた、シルバーに恋をしていた。

 一回り以上年が離れた、同性。そんな相手に自分が恋をしていることにワタルは困惑したが、やがて恋をしてしまったものは仕方がないと思い直しその感情をひっそりと温める事にした。やがてワタルは シルバーも、自分に少なからず想いを抱いてくれているのだと気付いたが、だからといって決して自分の思いを口には出さなかった。チャンピオンという立場もあったが、それ以上にワタルはシルバーの経歴に傷をつける事を恐れたのだ。
 シルバーが焦がれたような、どこか傷ついたような瞳を向けてくることもあったが、出来る限り目を逸らし続けてきた。
 しかし、抑えれば抑えるほど感情は膨らみ、時折ワタル自身制御しきれぬ程胸を締め付けた。
 そう、例えばこんな――。




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