痛い!悲しい! | ナノ
些細な事で喧嘩をして、部屋を飛び出した。
喧嘩をするのも初めてなら、俺があんな事をワタルに言うのも、いや、前は結構言っていたような気がするが、兎も角おれはワタルに捨て台詞を叩き付けて部屋から逃げ出して今に至っている。
走ったことで酷く呼気が荒く、それを整えながら喧嘩の原因を考えてみたら、まるで思い付かなかった。そもそもアレは喧嘩だったのだろうか、おれが一方的に怒鳴っていたばかりで、ワタルはというと困った顔をしていた。
子供の癇癪を宥めるような、どこか困った大人の顔。
それを脳裏に描いてみたらまた胸がもやもやとしてきて、遣る瀬なさをしゃがみこんで足許の草を引き千切ることで発散してみる。
そうだ、おれはワタルとの埋められない差に一人で苛ついて、怒ったんだ。
年齢差、身長差、その他諸々。おれとワタルの間にはそんな差がたくさんあって、おれは そういうことをワタルが気にしてると何となく知っている。
おれはまだ子供で、ワタルは大人。どうにも出来ないそれはおれの前に大きく壁を作っていて、時折おれの胸をきつく締め付けた。
粗方呼吸が落ち着いたと同時に俺の頭も冷えて、ワタルに言い放った怒声を思い返して後悔の念を抱く。
あんなこと、言うつもりなかったのにおれの口は躊躇もせずに言葉を紡いで、ワタルはその時どんな顔をして居ただろうか。
執務が忙しくて、ワタルがおれを追って来れないのを良いことに言いたい放題嘘の言葉まで吐き捨てた。
大嫌い、なんて。
日々ワタルのことで頭が一杯になって、好きだと思えば思うほど好き、が大きくなっていくのに嫌いになんてなれる筈がない。
――帰ろう。
帰って謝るかどうかはまた別として、せめて大嫌いというのは嘘なんだと伝えたい。
ワタルの前だと馬鹿みたいに意地を張ってしまうけれど、少しだけでも素直になれればいい。
手持ちをも部屋に置いて身一つで飛び出してしまったためにゆっくりと歩いて帰路につく。
リーグの裏口を通り勝手知ったる屋内を歩き、ワタルの部屋の前に立ち一つ深呼吸。意地を張るな、と三回口の中だけで唱えてからノブを捻って扉を開けると机に向かって忙しそうにペンを滑らせるワタルが見えた。
おとないもなく扉が開いたというのに、入ってくれと言ったきり誰かも確かめようとせず顔も上げない。不機嫌、なのだろうか。
ワタル。ワタル、ごめん、怒ってるのか。
先刻とは真逆に言葉が出なくてドアを開けたまま立ち尽くしていたら、ドアは開いたのに 何の音沙汰もないことをいぶかしんだのだろう、ワタルが顔を上げて、おれを視界に入れて目を見開き勢い良く椅子を蹴って立ち上がった。
机に大僥な動作で叩き付けられた書類が散らばり放り投げられたペンが床を転がる。
唐突な行動にただ驚くばかりだった俺は大股に近付いてきたワタルの腕に捕らわれ、抱きしめられていた。
体が反射的に強張り抵抗をしようとする。必死にそれを押し止めて恐る恐るワタルを見上げると、ワタルは泣きそうな顔をして俺を見ていた。
「な、に。おまえ、何でそんな…」
泣きそうな、と言うかワタルの目にはうっすら膜が張っている気がする。どうしたのかと声を出して尋ねてみたら何だかおれも泣きたくなって、目の前の胸に顔を埋める。そうしたら益々強く抱きしめられて息が出来なくなった。
「シルバー君、…シルバー…っ…」
苦しい、とか離せ、とか言いたかったけれど、ワタルが何度もおれを呼んでぎゅうぎゅうと腕に力を込めるから少しの間我慢してやることにした。
少し嬉しくなる。
おれは子供だけれど、今の様、どうだ、ワタルも大概子供っぽい。今なら言えそうな気がして、胸に顔を埋めたまま好き、小さく告げたらワタルが涙声で俺もだよ、と言うのが聞こえた。
END
痛い!悲しい!(嬉しい!)