あなたに虫ピンで | ナノ
SPゴシル


 蝉が鳴き出す朝八時、ゴールドがシルバーに貸した部屋を訪れるとそこは恐ろしいほど寒かった。
 思わずドアを開けた体勢のまま立ち尽くしたゴールドだったが、すぐに我に返り壁に掛けられた温度計を見ると室温は十八度。因みに外の気温は三十五度だ。先刻外でポケモン達と朝の体操やら朝食やらを共にして気ゴールドは、一気に温度が半分までに下がった空気に包まれ身震いした。
 当のシルバーは、まだ布団の中で寝息を立てている。
「おいおい風邪ひいちまうぜー?」
 冬生まれのシルバーはどうにも暑さに弱く、そういえば最近はあまり元気がなく暑い暑いと不機嫌だった事を思い出しゴールドは苦笑したが、それでも今のこの現状はあんまりすぎやしないだろうか。
 どうせ起こしに来たのだからと、ゴールドは声を張りつつベッドに近付きシルバーの体を覆っている掛け布団を捲りあげた。

 シルバーが何故ゴールドの家にいるかと言えば何の事はない、偶然道端で出会ったのをきっかけに、最近あまり会えていないからとゴールドが強引にシルバーを家へと連れ込んだのだ。
 シルバーはゴールドの母親を気にして行かない離せと首を横に振ったが、生憎ゴールドの母は数日前から旅行に出ていた。言い訳の材料も無くなったシルバーはあれよあれよと言う間に家へと連行され、そして暫く泊って行けよと客間を与えられた。
 最初はゴールドを窺い遠慮がちにしていたシルバーだったが、二人だけと言う事もありすぐにその無意味さを悟ったらしい。その結果が今、に至る訳だ。

「幾ら好きに使えって言われたからってなァ…。シルちゃん、冷房って金かかるんだぜ?」
 布団を剥ぎ取られた衝撃で目を覚ましたシルバーは薄らと瞼を持ち上げゴールドを見遣った。そして、薄手の寝巻を通してじわじわと体が冷えていくのを嫌がりゴールドの手から布団を取り返そうとする。
 しかし寝起きのその力でそれが叶うはずもなく、ゴールドが背を屈めシルバーの脇に手を差し入れて持ち上げると強制的に起きる羽目となった。
「煩い…。折角人が良い気分で寝ていたものを」
「いやいや寒過ぎだぜ、これ。ほら見ろよこの鳥肌」
 図らずともゴールドと密着する体勢となったシルバーはゴールドの体を押し退けつつ、袖で目をこする。軅て完全に覚醒したのだろう、名残惜しげに離れていったゴールドが見せた半袖から伸びる鳥肌の立った腕を見て盛大に眉根を寄せた。
「気持ち悪い」
 歯に衣着せぬ言い草にゴールドの肩ががっくりと落ちる。そのまま溜息をも吐いたゴールドは、ベッドの上をスイングするクーラーの冷気に晒され冷えたシルバーの頬に触れてそのまま額を触れ合わせた。
 こつ、と小さな音が互いの脳に反響しすぐに消える。咄嗟に反応できなかったシルバーは近過ぎる距離に慌てて身を捩ったが、その前にゴールドの腕が後頭部に回り抵抗を封じられてしまった。
「オレはシルバーを心配してんの。暑いのは分かるけど、これじゃあ体壊しちまうだろ」
 ゴールドの掌の温度で冷えたシルバーの頬が熱を取り戻していく。それだけでなく、それ以上に己の頬が熱を持っていくのを感じてシルバーは目を閉じた。
 ゴールドと所謂“そういう”関係になってもう随分と経つが、いつもは巫山戯てばかりいるというのに時折見せる真剣さは、未だシルバーの鼓動に早鐘を打たせる。互いの吐息が混ざりあう距離で見つめられている恥ずかしさに耐えかねて瞳を閉ざしたというのに、ゴールドはどう思ったのだろうか、シルバーが唇に感触を覚えた時にはもうリップノイズと共にゴールドの体が離れていくところだった。
「おまえ、は、…なんでいつも、そう……」
 口角を上げて笑うゴールドは既にいつもの調子に戻っている。シルバーはせめての腹いせに、就寝時に枕元においたエアコンのリモコンを振りかぶりゴールド目がけて投げつけたが、それすらも受け止められてしまった。
「うわ、設定温度十六度じゃねーか!」
 手にしたリモコンを見て慌てたような声をあげるゴールドの言葉すらも胸を掻き回してどうしようもなくなり、シルバーは足元でぐちゃぐちゃになっていた掛け布団を取るともう一度頭から被って不貞寝を決め込んだ。
 そんなシルバーを見て、布団越しにゴールドの笑い声が降ってくる。
「エアコン切っとくから。暑くなったら出て来いよ?」
 ぎし、とベッドが軋む音がしたのは、恐らくゴールドが枕元に腰掛けたのだろう。シルバーは見る事は無かったが、まるで蓑虫のようになったシルバーを見遣るゴールドの目は、驚くほど優しかった。ぴ、と音が鳴り低く唸っていたエアコンが沈黙する。
 布団の隙間からはみ出たシルバーの指先に、ゴールドの伸ばした指が絡み、咄嗟に手を引こうとしたシルバーだったがどうにかそれを堪え思考を巡らせた。
 冷房を止めても今はまだ寒いこの部屋は、きっとすぐに暑くなるのだろう。それまでだったら良いだろうかとシルバーは絡んだ指をそのままに、ゆっくりと目を閉じたのだった。


END
あなたに虫ピンで刺されてしまう日まで


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