退廃する白 | ナノ


 ラジオ番組は、相も変わらず“ラジオ塔占拠事件”を報道していた。
 コガネという都会で、且つセキュリティシステムも万全と言われていたラジオ塔がロケット団に占拠され、しかも容易く占拠されてしまった要因が、局長がいつの間にかロケット団幹部とすり替わっていたというのだ。マスコミがこれでもかと騒ぐのは、誰の目にも明らかだった。
 ラジオ塔局長がロケット団と繋がりがあったのではないかなどという、下種な憶測を立てた上でのゴシップじみた報道をするものもあった。
 そして、ラジオ塔を報じた番組は決まってこう言うのだ。
『たった一人でロケット団を解散に追い込み、事件を解決したのはワカバタウン出身の少年だ』――と。


 手持無沙汰になりラジオをつけたシルバーは、チャンネルを回しても同じ様な報道しかされないそれに早々に興味を無くし、電源ごと切ってポケギアを放った。
 放物線を描いて空を飛び、鈍い音を立てて重ねられた荷物の上へと落ちたポケギアに目を遣る事もなく、シルバーは寝転がっていた草叢の上で一度寝返りを打ち、空へと視線を遣った。
 もう日付が変わろうかという時刻、良く晴れた星空はきらきらと瞬いている。
 舗装された道を幾本も逸れ、獣道を通って少し開けた場所に夜営を組んだシルバーの周りには、人っ子一人、そしてポケモンの姿すらなかった。万一野生のポケモンに襲われた時の為にモンスターボールは腰に付けてはいるが、ボールを開いて呼び出す気にはなれない。
 シルバーは一人、ラジオ塔事件について考えていた。

 ロケット団を打ち破り、事件を解決に導いたのはヒビキである。しかし、ヒビキをサポートしていた人物がいる事は、どこにも報じられていなかった。
 チャンピオンのワタル――そんな肩書を持つ人物が事件を解決したとあらば、リーグの名をあげる良い機会になるというのに、ワタルのワの字も出てこない。大多数の人間が、それこそラジオ塔にいたものですら、あの場にワタルがいたことすら知らないのだろう、しかし、シルバーは確かにワタルとまみえているのだ。
「……、竜…」
 ラジオ塔の螺旋階段でワタルと対峙した時、その瞳に“竜”を見た事が、シルバーの脳裏に焼き付いて離れなかった。
 微かに吹く風に揺れる草が、寝転がるシルバーの頬を掠めて撫でていく。指先で頬に触れてくすぐったさをやり過ごし、シルバーは重く溜息を吐いた。
 バトルで勝つのも、陽の目を浴びるのも称賛されるのも、いつもヒビキだった。シルバーは決して称賛を受けたい訳ではなく、目立ちたいとも思わなかったが、それでも決してヒビキのようにはなれないと分かっている以上、羨望を抱いてしまう。
 ヒビキは、誰からも愛されるだろう。だからこそワタルもチョウジでヒビキと共闘し、ラジオ塔で助けたのだ。後ろめたい事が無く、素直な子供――自分自身で分かる程に、シルバーとは正反対だった。
 仮にチョウジのアジトに先に潜入したのが自分であったならば、ワタルはどうしただろうかと考え、シルバーは唇を噛み締めた。
 チャンピオンであるワタルは、シルバーの出生などとうに知っているだろう。きっとロケット団の手助けをするつもりかと詰られ、下手をすればワカバタウンの研究所で、そしてタンバシティの民家でのポケモン強奪でお縄だ。もしかしたら、そんな仮の話を考えるまでもなく、ラジオ塔で対面したのも、シルバーの挙動を監視しての事だったかもしれない。
「くそっ…」
 知らずと小さく零れた悪態が己の耳に届きそれにすら自己嫌悪し、シルバーは瞼を閉ざして腕で耳を覆った。己を取り巻く何もかもが、気に入らなかった。


 頭を抱えて蹲る様な体勢を取って暫く、シルバーは眠ってしまったらしい。
 身体が妙にふわふわと落ち着かない感覚に、シルバー自身これは夢なのだとすぐに気付いた。不安定な足場ながら、夢の中のシルバーの足は懸命に床を踏みしめ、走っている。何をそんなに急いているのか分からないが、シルバーは息を切らせて駆け、何かに追い付こうと足を縺れさせて先を目指す。
『―――!』
 自分が誰かを呼んでいるのは分かったが、その名前は聞こえなかった。走り続けてる足が痛い、嗄れる程声を張り上げる喉が痛い、伸ばし続ける腕が痺れる。
 いつの間にか、シルバーの右隣をオーダイルが並走していた。はっとして左に視線を向けると、ニューラがいる。
 不思議な事に、オーダイルもニューラも相当な速さで走っているというのに息を乱していなかった。それどころか、ぐるん、と首を回してシルバーの顔を覗き込んでくる。瞬きをしない二匹の顔が、瞳が、じっとシルバーを見つめてくる。
 表情のないオーダイルとニューラの顔が酷く恐ろしく感じ、シルバーは走る速度を速めた。焦る感情に、追い立てられるような恐怖が加わる。何かに躓き、みっともなく転び、そしてまた起き上がって走った先に、誰かが立っている。
『―――! ―――!!』
 それが、自分が必死に追いかけている人物なのだと分かり、シルバーはその名を叫んだ。呼ばれた事に気付いたのか、その人物は振り返り、大きく手を広げてシルバーを待っている。
 体格の良い、上背の高い男性だった。逆光で顔が見えないが、見知った人物なのだと訳もなく確信する。あそこまで行けば、あの腕に飛び込んでしまえば、きっと安心出来る、焦りもなくなる。どこからかそんな思いが湧き、シルバーは疲れきった足で地を蹴り、その人物の顔を見て―――。

「……ッ!」

 がばっ、と跳ね起きたシルバーは、落ち着かなく周囲を見回した。鼓動が酷く乱れ、ぐっしょりと汗をかいている。
 夢だった、夢から醒めたのだ、と頭の片隅で今の状況を把握しようと冷静さを求める声が聞こえた気がしたが、それはすぐに込み上げた吐き気に掻き消されてしまった。
 思考が落ち着かない。辺りは眠る前と変わらず微かに風が吹き、背の高い草を揺らして何も変わっていなかったが、シルバーには夢から醒めた今でも、目の前に最後に見た“顔”が見えている気がした。
「う…、ぇっ…」
 汗で体に張り付く衣服の不快感と、訳の分からない不安で胸の内が重く苦しい靄で満たされ、胃が締め付けられるような心地がして喉が絞まる。
 胃液が逆流する気分の悪さに襲われ、シルバーは地に両腕をついて嘔吐感に喘いだが、吐寫してしまうことはなかった。
 ただ、断続的に寒気と、嘔吐感がシルバーを苛む。
 夢の中でシルバーに腕を広げた男は、恐らく×××だった。憎んで、憎んで、それでも過去の事と捨てきれない、シルバーの全てだった偉丈夫。心の底から嫌って、憎んでいる筈だというのに、シルバーを受け止めようとしたあの腕に、夢だと分かっていながら酷く安堵した。
 だというのに、間近で男の顔を見ると、それは数瞬までと姿形が変わっていたのだ。
 腕は、シルバーを受け止めなかった。地を蹴り宙を飛んだ勢いを殺しきれず、そのまま男を擦り抜け無様に地に叩きつけられたシルバーを振り返ったその男は、竜の目をしていた。
「何なんだよ…っ!」
 ただの夢だ、そう分かっていてもがたがたと体が震えるのを抑えられない。
 地に伏せたまま起き上がれないシルバーを、静寂がただ、包み込んでいた。



NEXT
退廃する白


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -