勝負に勝って | ナノ




 ギーマは敢えて強くなろうと思った事はなく、また高い地位に就こうと思った事はなかった。ただ、敢えて敗者独特の感覚を味わう事もあるまいと勝ちを重ねていくうちに、いつの間にかイッシュの中でトップレベルのトレーナーとなり、その内リーグから声がかかり四天王となったのだ。
 元より四天王を目指していた訳ではないために、四天王である事に拘りはない。もし四天王という立場によって己のやりたい事に制約がかかるようなら、何の躊躇いもなく四天王を止めてもいいのだと、ギーマは豪語してやまなかった。
 そのために、節度を持ちながらも何事も己にとって楽しいものへと変えてしまう――負けない勝負だと分かっていながらもまるで常に賭け事の真っ最中にいる様な振る舞いはギーマその人を示すような生来の気質だと思われがちだが、実のところギーマは誰よりも臆病で、繊細で、努力家だった。


 リーグという高みの場から降りてライモンにあるカジノへと足を伸ばした帰り、レパルダスを傍らにチャンピオンロードを歩きながらギーマは一つ溜息を吐いた。
 ポケモンの力を借りてリーグまで直接戻ってしまっても良かったが、そういう気分ではなかったのだ。決してリーグに戻りたくない訳ではない。寧ろリーグにはレンブが――最近ギーマと恋仲になった同僚がいるためにすぐにでも帰りたかったが、それとは相反して今はまだ、帰りたくないような心地もしていたのだ。

 ギーマが自分とは正反対の性格の、誠実で実直なレンブに恋心を抱いたのは随分と前の事だった。いつから、と正確に言う事は出来ないが、ギーマは気付けばレンブの事を考えており、軅てレンブを想って自分を慰めるようにもなった。そうなってしまえば、幾らギーマでもこれが恋だと認めざるを得ない。
 これまで賭けの一種のような、駆け引きを楽しむ為の恋愛ごっこしか経験のなかったギーマは自分の感情に驚き戸惑ったが、これも人生のスパイスになるかと己の抱いた恋心を楽しむ事にした。
 恋に揺れる心は弾み、痛み、様々に形を変える。恋に恋する乙女の様だと己を嘲笑しながらもギーマがレンブに抱いた恋心は消えず、逆にその思いは強くなるばかりだった。そのうち大きくなるばかり感情を持て余し、遂には楽しむどころではなくなったギーマはレンブに思いの丈を伝えようと決意した。
 しかし、それには問題があったのだ。

 恋をしてしまうと、見ようと思わなくとも相手の事を観察してしまうものだ。一年と少しの間恋愛感情を抱いてレンブを見続けたギーマは、性別など些細なことだと思っている己とは違い、レンブは異性間の恋愛のみを受け入れる人物であると気付いた。
 受け入れる、という言い方は違うかもしれない。どこまでも真っ直ぐなレンブの世界には、同性の恋愛というものは存在していなかったのだ。ギーマのような地に足をつけぬ生き方も好まないレンブである、ギーマの恋が実る可能性は万に一つもなかった。
 そこで諦めるべきだったのだ。幾ら勝負事に負けたくないと言っても人の心となればどうする事も出来ない。否、今まで培ってきた手管で誘惑すればどうにかする事も出来たかも知れないが、そんな紛い物のような感情でレンブに愛されるのはギーマの好むところではなかった。
 己が本心からレンブを思うように、レンブからも愛されたい。恋愛の機微を知らず、また諦める事も出来なかったギーマは一芝居を打つことにした。

 まず、自分は実は女である。
 四天王になる前に賭博絡みでいざこざに巻き込まれたため、男装をして人目を欺く羽目になった。
 最近良くない噂も耳にする、いざという時“女”の力ではどうする事も出来ないから、信用のおける君に守ってほしい。

 レンブが弱気を守り強きを挫く、を地で行く性格である事を利用した嘘を、ギーマは切々と語って聞かせた。他の四天王が寝静まった真夜中にレンブを訪れた、思いつめた表情のギーマの話にレンブは何をやっているのだと溜息を吐いたが、ギーマの思惑通り、レンブはその話を信じることにしたようだった。
 男らしからぬ肌の白さと、露出を拒む服、香水、そして掠れを伴った声は男らしいレンブと比べてまるで女性のようであったため、レンブはギーマを女だと“認めた”。
 『私の秘密はレンブ、君だけしか知らないんだ。信頼しているよ、その腕で私を守ってくれ』
 そう言ってギーマがレンブの胸に縋っても、レンブはギーマを押し退けようとはしなかった。男であれば造作もなく突き放されたであろうに“女だから”レンブはギーマを受け入れたのだ。
 その後何度も同じ言葉を言って聞かせ、嫌がられない程度に接触を図っていくうちに、レンブはギーマに抱いた庇護欲をギーマの思い通りに愛へと変化させた。
 ギーマはレンブに愛されたことが嬉しく、また己の計画がうまくいった事にも歓喜したが、それが、いけなかったのだ。


「…馬鹿だな、私は」
 人の気配に驚き襲いかかってきたガントルを倒したレパルダスの喉元を撫ぜ、ギーマは項垂れ自嘲した。
 人がいないのをいい事にワイシャツの釦を外し胸元をさらけ出して掌で触れてみてもそこには当たり前のように乳房などあるはずがなく、スラックスの上から陰部に触れても男性器が手を押し返してくる。
 レンブの事を思うとギーマの胸は疼き、目の奥が熱くなるほどに感情が渦巻く。ギーマは誰よりもレンブを愛している、それなのに、今のレンブが愛しているのは“女の”ギーマなのだ。
 リーグに帰りレンブを訪れればまた、女の振りをしなければならない。振り、と言っても別段普段と違う事をする訳ではないが、レンブに抱き寄せられればその腕が男と分かる位置に当たらないよう身体をずらさなければならないし、雰囲気のままに体を求められても躱すしかない。
 女を装うために気を張っていると、レンブに愛されている事に浸ることすらできないのだ。
「策士、策に溺れると言うけれど、全くその通りだよ。…ふふ、馬鹿だな、私は」
 レパルダスが主人を心配し鼻でつついてくるのを宥めている内、ギーマは堪え切れずしゃがみ込んで掌で顔を覆った。
 小さく鳴いたレパルダスがおろおろとギーマの頬を舐めそこを伝う涙を拭おうとするが、後から後から溢れるそれは止まる気配を見せない。
 これまで感情の発露に泣く、という手段を取った事はなかったが、もう耐えきれなかった。ありのままの己を愛して欲しい、けれど今更ギーマが嘘を告白しありのままを告げたところで、レンブは決してギーマを愛してはくれないだろう。
 レンブに嫌われるくらいであれば“女のまま”愛されていたいが、矢張りそれは自分ではなく道化だ。

 嗚咽を堪えんとギーマは強く唇を噛みしめる。人よりも少しだけ発達した感のあるギーマの犬歯が唇を破り、滴る血が涙に混ざり地面へと吸い込まれていった。



END
勝負に勝って試合に負けたのさ


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