コスチューム | ナノ




 同じチャンピオンだというのに、何故こんなにも違うのだろうかとワタルは首を傾げざるを得なかった。テーブルを挟んでワタルの真正面に座っているダイゴは、だらしなくテーブルに頬を押し付け食えぬ笑みを浮かべている。
「もう少し、」
「チャンピオン然とした方が良い、って?」
 余りに怠惰過ぎる恰好のダイゴに思わず口を開けば、当のダイゴは笑みを崩さぬままワタルの言葉を引き取りワタルの言おうとしたところをそのまま唇の乗せた。
 分かっているのならば、とワタルの眉根がきつく寄ったのを見、ダイゴは喉奥でくつくつと笑う。
 此処がプライベートルームであったり、または他者の目に触れぬ場所ならばまた情況は変わっただろうが、今ワタルとダイゴがいるのは誰が来るかも分からぬポケモンリーグの食堂である。ポケモン界ではその名を知らぬ者がいないであろう二人が共にいれば嫌でも人目を集めてしまう上、自慢でも自意識過剰でもなく、ワタルは自分達が美男の部類に入るであろうことを自覚していた。先刻から、リーグを訪れたトレーナーの視線が痛いのも事実である。ダイゴもそれを分かっているであろうに依然として態度はそのままで、苛立ちを隠せなくなったワタルがこれは少しきつめにものを教えねばならないかと息を吸い込んだ所で、それまで笑みを作っていたダイゴの唇がすっと引き締まり、途端にかんばせが真顔へと変化を遂げた。
 張りの良い頬をテーブルに押しつけその形を拉げさせているのは変わらないというのに、ダイゴの纏う空気さえもが冷えていく心地がし、ワタルは違う意味で眉間の皺を深くする。注意をしようと意図した筈の己が、たったそれだけのことで圧倒されている事が分かり、否、圧倒されてしまった事を嫌でも突き付けられたワタルはそれでもプライドで以てダイゴの視線を受け止める。
「チャンピオンは強くあらねばならない。バトルの腕も、精神も、信条も、行動も、全て正しくなくてはならない。全てのポケモンに関わる者の、見本とならねばならない」
 冷えた鋼色の瞳でまっすぐにワタルを見つめながら、ダイゴは突如饒舌に語り始めた。途中、今の体勢のままでは喋り難くなったのだろう、体を起こしたその仕草さえもが毅然としており、その姿は“チャンピオン”そのものだ。
 ダイゴの意図が読めずに苦虫を噛み潰したような表情から戻れないワタルを置いて、ダイゴは薄い唇をひらめかせ続ける。
「でも、僕にはそれが分からないな。僕は強いし格好良いし、今迄誰からもそういった面で指摘を受けたことなんてないよ、だからこそ、強さを“追い求める”事なんてしないし、人の見本になろうとも思わない。強制されて行う“強さ”なんてたかが知れているだろう? それは君もたくさん見知っている筈さ」
 ぺらぺらと音を紡ぐダイゴの瞳は、忙しく動く口とは違い微々たりとも動かずにじっとワタルに注がれていた。ダイゴに気付かれぬ程度に視線を動かして見てみれば、あれだけだらしない態度と姿勢をとっておきながらその服には皺一つなく、首元に生える赤色のスカーフさえ微塵も乱れていない。
 ダイゴの言葉を脳裏で噛み砕きながら、本来ならばリーグ総本部にいる己の方が若干ではあるが立場が上だというのに、ダイゴに今負けているのだとワタルは考えた。瞬きすらしなくなった鋼鉄の瞳はワタルの全てを見透かしている。ワタルの演技も、チャンピオンであろうと己に枷を嵌めている事実も、模範であろうと日々努めている事もすべて、ダイゴは無意識にこなすのだろう。
 勿論ダイゴにはダイゴの人生があり、その中でワタルとは別の七難八苦を味わってきたのであろうが、人を形作る人生経験を差し引いても、今ワタルの目の前に座るダイゴはワタルよりも“チャンピオン”だった。
「……、」
 ダイゴの言葉が途切れた隙に何か言わんとしても、普段ならば余裕を持って発言が出来る喉は微かに震えるだけで何も音を成さず、ワタルは押し黙るしかない。
「ねえ、ワタル。チャンピオンでいるのは、苦しいかい?」
 傍から見れば、チャンピオン二人が何か真剣に物議を醸しているようにしか見えないであろう。周囲の視線は依然止まず、ワタルとダイゴに注がれ続けている。
 それを痛いほど分かっているからこそ、ワタルはわざとらしく声を潜めたダイゴの問いに、無意識に唇を噛み締めてしまうのを必死に堪えていた。



END
コスチューム・プレイ


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