「名前ちゃん帰ろー!」


ゴミ捨てを完了して教室に戻ってきた私に向かって、待ってましたと言わんばかりにハヤトが声をかけた。
なぜかすでに私の鞄を持っている。


「あれ、トキヤは?」
「生徒会の集まりで遅くなるって!」
「そっかー… じゃあさっさと帰ろっか」


ハヤトから自分の鞄を受け取って、一緒に教室を出た。
帰る方向が一緒なので、特にこれといって何事もなく、私達は普段から登下校を共にしている。
例えば委員会があるとか病院に寄って帰るとか、そんな用事があって別々になることも時折…あるにはある。
だけど、なぜだろう。私がハヤトかトキヤのどちらかと2人で帰るというシチュエーションは、珍しいことで少しだけそわそわした。


「あ、雨」
「うん、ちょっと前から振ってたね」
「私… 傘もってきてないや」


はぁ、とため息をついていると、ハヤトが玄関の傘立ていっぱいに刺さっている傘の中から落ち着いた紫色のそれを抜き取った。そのシンプルな動きでさえ、彼はとてもスマートにこなす。整ったルックスとスタイルがそう見せるのか、そこまでは私にはわからない。
外に一本出てぱしゅっ、と傘を開く。男の子の傘って大きいなぁ。


「…入らないの?」


ちらりと振り向いて優しい顔で問い掛けられる。あまり見たことのないその顔に、ドキリどしてしまったことは隠しておこう。
お兄さんなハヤトが見えたことも。


「…よく傘持ってきてたね。ハヤトなら忘れそうなのに」
「トキヤが持って行くって言うから、ボクも持って来たんだ。でもよかった、ちゃんと降って」
「降らないほうがいいよ…」
「だって、せっかく持って来たのに意味がなくなっちゃうじゃない」


男の子と二人で相合い傘なんて初めてのこと。肩がぶつかりそうなぐらい近い距離だと、ハヤトの歩くテンポや笑って背中を震わせるのまで、いつもより繊細に伝わってくる。
暖かそうな体温まで、彼のもつ柔らかい空気と一緒に伝わってくるようだ。


「だから、やっぱり降ってくれてよかったよ。じゃないと、あーっ傘持って来たのに〜!って悔しいし」
「確かに、傘って荷物になるもんね。私は普段折り畳み傘持ち歩いてるんだけど、この前壊れちゃって」
「あ、じゃあ今から買いに行かない?名前ちゃんの新しい折り畳み傘」
「いやそんな…今度でいいよ」
「えーっ行こうよ!駅前に新しい雑貨屋さん出来たんだよ!可愛い傘いーっぱいあったんだ!」


ハヤトはなんで女の子が好きそうな雑貨屋さんまでチェックしているのか。たぶん、彼は女子向けのショップに入るのに抵抗がない人間なんだろう…。
まぁ、ハヤトって女の子と同じような感性で可愛いとか綺麗とか言うところあるから、そういうの見るのとか好きなんだろうけど。
まさかトキヤと一緒に行ってるんじゃ…、そう考えるとちょっと頭が痛くなってきた。

結局私は半ば強引にハヤトと折り畳み傘を買いに行き、水玉が可愛いアンティーク調の折り畳み傘を購入した、のだが。


「や、やっぱり私払うよ」
「いいから!ボクからのプレゼント!」
「誕生日でもクリスマスでもないんだけど…!」
「いいからいいから!」


駅前からの帰り道、財布を出そうと鞄にかけた手を離されてしまった。
雨はもうすっかりやんでいる。ハヤトの手に握られている傘からは、雫がぽたぽた落ちては濡れた地面に溶けていった。


「なんか悪いよ…」
「うーん…そうだ、じゃあちょっとだけボクの話聞いてくれる?」
「えっ、勿論。どんな話?」
「恋の話!」


恋の話…コイバナってやつか。ハヤトもこんなんだけど高校生だもんなぁ、恋のひとつやふたつして当たり前か。
異性間で相談とかってあまりしないと思うけど…まあいいか。


「ハヤトって好きな人いるの?」
「うん!もう結構前からなんだけど…そうだなぁ、1年前ぐらいからかなぁ」
「意外と長い片思いだね。告白しないの?」
「うーん、するかしないか悩んでて…」
「…どんな子?」


ハヤトはクラス内からも、クラス外からも人気がある。というか、その人当たりの良さですぐ友達を作ってしまうのだ。ここはトキヤと大きく違うところだろう。トキヤだったら友達は選んで作る。
そんなハヤトのことだから、女子の友達だっていっぱいいるに違いない。私には見当もつかない彼の想い人は、一体どんな子なんだろう。
あっ、でももしかしたら仕事で関わった人かもなぁ。


「しっかりしてて、でもたまに抜けてるところが可愛いんだ。意外とちゃんとボクのこと見ててくれてるし…」
「へぇ… ハヤトにしてはちゃんとした人を好きになったんだね」
「むっ…ハヤトにしてはってなんだよぉ」


頬を目一杯膨らませ、拗ねた顔を作るハヤトが可愛くて仕方がない。背なんて私と頭一つも違うのに。こんなに可愛い男がいていいんだろうか。
こんな彼に好かれている子はなんて幸せ者だろう。


「あはは、ごめんごめん。で?どこの人なの?」
「同じクラスの」
「うん」
「名前さん」
「ふぅん………え?」
「苗字名前さん、きみです」


ぎゅっと繋がれた手が、熱を持ってしまった。
いつものようににこにこ笑っているハヤトと、顔面の筋肉が一時停止した私。端から見れば纏う空気なんて、かなり違って見えるだろう。
本来なら、告白する側がこれでもかってぐらいドキドキするもんなんじゃないの?なんで私がこんなにも混乱しているんだ!


「好きです、名前ちゃん」


私は何も言えないまま、彼に手を引かれて帰路を辿った。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -