うちの高校には、音楽室意外にもピアノが点在している。玄関からすぐの広場や、最上階の多目的ホールなど。もちろん生徒が自由に使って良いことになっている。

ピアノに触れるのはいつぶりだろうか。高校に入ってからはお遊び程度にしか触った記憶がない。重圧のある蓋を開けば、真っ白な鍵盤が姿を現した。

そもそもなぜ私がピアノと向き合っているかというと、近隣の小学校の児童たちが合唱を披露する祭典の伴奏者である先生が怪我をしたからだ。
運が良いのか悪いのか、その先生というのは私が所属しているジャズバンドのメンバーで、私は伴奏の代役を押し付けられてしまった。だから今こうして、久々に真面目にピアノに向き合っているのである。


「はぁ…」


曲は全部で3曲。しかしどれも中学の頃の合唱コンクールで伴奏を務めたことがある曲なので、なんとなく指が覚えているだろう。
押し付けられた楽譜を開くと、懐かしいメロディが溢れてきた。

特にその内の一曲は、小さい頃から好きな合唱曲だ。
なんの躊躇いもなく鍵盤に指を添え、思い出すように音を紡いでいく。

1番を終え、間奏から2番へ、というところで、突然背後から歌声が聞こえた。


「なっ、トキヤ」
「いいから、続けて」


伴奏を弾く指を止めようとすると、彼は爽やかな笑顔を向けて続きを催促してくる。仕方なく鍵盤に向き直り、続きを奏で始めた。
彼はピアノの横に移動し、綺麗な歌声でメロディを紡いでいた。
美しくそして芯のある歌声に、私の指先も滑らかな音楽を生み出していくようだ。



「あなた、意外と弾けるんですね」
「それはどうも」


曲が終わり鍵盤から手を離せば、上から感想が降ってくる。それが彼の本心かどうかは、薄く浮かんだ笑みを見ればわかることだ。褒めることなんてなかなかしないトキヤなので、ちょっと照れくさい。
久々に弾いたけど、間違わなくてよかった…。


「それよりトキヤ、どうしてここに?」
「美術室の掃除当番だったんです。それで、現社の先生に用事があってここを通り過ぎたときに、ピアノに向かうあなたを見たので」


面白半分で見に来たということか。トキヤにも意外にやじ馬精神というものが存在しているらしい。
彼は時間を有意義に使うことを好むので、こんなふうに寄り道をして時間を使うなんて異例のこと。そんな彼が気にとめてくれたってことは、私も友人として彼の関心の中にいるのだとホッとした。


「もう一度弾いてくださいませんか?」
「え」
「歌い足りなくて」


そういうつもりで弾いていたわけじゃないんだけどなぁ。まあいっか。私も弾き足りないし。
また鍵盤に指先を添え、前奏から奏で始める。


「この曲はいろいろな方が編曲してますけど、私はこのアレンジが一番好きです。前奏も間奏も、聴き入ってしまいます」
「うん、わたしも…この編曲がすごく好きだな」


初めてこの曲を聞いたのは、小学生のときだった。そのときにこの編曲で歌っていたので、やっぱりこの編曲でなければしっくりしないのかもしれない。

それにしても、トキヤってこんな高音まで出せるのか。今まで彼の歌は、もちろん音楽の授業のときなんかに聞いたけど、ソプラノ音域ではなかったので意外だった。

トキヤの歌声に耳を傾けながら、私もピアノを奏でていく。時折チラリと様子を見れば、私の方を見ながらとても爽やかな顔をして歌っているので、ドキリとして目を離してしまった。
そして1番のサビに入ったとき、突然彼だけではない歌声が耳に入ってくる。
まるでステレオのように声が反響する2人の歌声。トキヤと同じ声音なんて一人しかいない!


「ハヤト!?」


にんまり笑ってこちらに向かってきた彼は、器用にハモりを歌いながら手を振っている。 トキヤも驚いたようで、一瞬だけ歌声が途切れた。


「なんであなたがここに」
「トキヤ来ないから探しに来たんだよ〜!そしたらなんか面白いことしてるし!」


間奏中は、隣でいつもの双子トークが繰り広げられていた。ことごとく仲の良い双子だ。
それを横目にピアノに集中していると、ハヤトが上手いねと一言述べる。
…褒められて悪い気はしない。





「はぁ楽しかった!合唱曲だったけどトキヤと久々にデュエットしたね!」
「まぁ合唱曲でしたけどね」
「合唱曲ですいませんね…」


結局あの後2番を歌い、1曲最後まで歌った双子は、違う曲はないのかあれは弾けるのかこれは弾けないのかと勝手に口にし出して、私が一人で弾きはじめてから1時間もプチ音楽会が続いてしまった。


「それにしても、名前ちゃんは予想よりピアノ上手かったね」
「ハヤトとトキヤだって、私が思っていたより歌上手かったよ」
「ほんと〜!?」
「当然です」


なんで片方はドヤ顔なんだろうか。清々しいほどにまでうざいドヤ顔だ。もう片方はにこにこと可愛い笑顔を見せているというのに…。
まあそれはさておき、意外と今日の放課後は楽しかった。帰ったらまたピアノを弾こうかな。
たまには我が家に双子をご招待して音楽会、なんてのも悪くないかも。聞いてくれる人がいると、やっぱりやる気が沸いてくるもの!






*****

合唱曲はBELIEVE。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -