メイの死から5年。この5年は、長いようで案外あっという間だったような気がする。

今日は彼女の5周忌だ。3回忌でも7回忌でもないのでとくにこれといって儀式的なものはないのだが、私はせっかくなのでメイの仏壇に手を合わせるために彼女の実家を訪れることにした。
早乙女学園の生徒だったときから、彼女の親とはそこそこ交流があったため、このときばかりはよかったと思う。
黒いスーツに黒いネクタイ、なんていう苦しいスタイルはなしだ。そこそこまとまりのある服装。


「まぁ、トキヤくんいらっしゃい。わざわざありがとうね」
「いえ、そんな。3年ぶりですね、あっこれお菓子です、よろしければ仏壇に」
「あらありがとう、メイの好きな店のゼリーね。ささ、上がってちょうだい」


メイの母に急かされるようにして家の中に足を踏み入れた。
3年前、3回忌のときに来た以来である。家の中は差ほど変わりはない。


「メイの部屋ね、まだあのままなのよ。なんだか片付けられなくて」


そんな話をしながら、和室へと通される。
10畳ほどの和室には、立派な仏壇が置かれていた。メイの家は本家だそうだ。

メイが満面の笑顔を見せている写真が飾られている。
その前で、正座をして両手を合わせた。
彼女の墓に行くのもいいとは思ったのだが、はやりこちらに出向くのも大切な事だと思う。まあ、彼女の墓にはつい先日行ってきたのだが。

一通りメイに近況報告等をしたところで、彼女の母に断って、お手洗いを借りるために一度廊下へ。
角を曲がろうとしたそのときだった。


「きゃっ!」


足元に何かがぶつかった感覚。
反動で私も後ずさってしまったが、目の前を見れば小さな少女が尻餅をついていた。4、5歳ぐらいだろうか。


「すみません、大丈夫ですか?」
「う、うん」
「あ…、ごめんなさい、飴をばらまいてしまいましたね」


少女が持っていたのであろう、飴の袋から大量の飴が床へと投げ出されていた。
それを急いでかき集める。少女も身の回りのものをかき集めていた。
集めたそれを少女に渡せば、にこりと笑って私にひとつ、


「ありがと」


お礼を言いながら、飴を差し出してきた。


「…、こちらこそありがとう」


受け取ると、少女は走って和室へと消えていってしまった。
可愛い少女だ。そしてとても…、


「メイに似ているでしょう?」
「えっ」
「ごめんなさいね、あの子がご迷惑をかけてしまって」
「い、いえ…」
「あの子、メイの姉の娘なの。今年で4歳。名前はツバサ。今日はメイの姉は仕事で居ないんだけど……、姉の方は夫と離婚して、ツバサと2人でうちに住んでるのよ」


苦笑しながら、メイの母が言う。
ツバサという名のその少女は、ぱたぱたと走って2階に上がっていってしまった。


「メイが死んでから1年後にあの子が生まれたんだけど、生まれたときからそっくりだったわ」
「そうだったんですか…、とても似ているのでびっくりしました」
「確かに、メイと姉は似てるんだけど、ツバサはまるでメイが生まれ変わったんじゃないかってぐらい似てて、私もついついメイって呼んでしまいそうになるぐらいよ」




その後、メイの実家で少し遅めの昼食をごちそうになった。
彼女の母、そしてツバサも食事がまだだったとのことで、一緒に食事をすることに。
ツバサは終始、私のことを気にしてちらちらこちらを見ていたが、私が話しかけてみれば嬉しそうに返答するその姿が微笑ましかった。


「トキヤ、あのね、これきのうおばあちゃんにかってもらったの!」
「可愛いウサギのぬいぐるみですね」
「うん!しろときいろもあったんだけど、ぴんくにしたのっ!」


随分と懐かれたものだ、すっかり名前で呼ばれてしまっている。とはいえ、悪い気はしないのは事実である。
そんなツバサの周りには、たくさんのぬいぐるみや人形が散らばっていた。
その中の一つに見覚えがある。


(これは、メイの…)


それは、早乙女学園のメイの部屋にあったものだった。薄いベージュの色をしたテディベア、首元が寂しいからそのうちリボンをしてあげなきゃという彼女に黙ってこっそり、紫色のリボンをしたのが懐かしい。リボンはそのまま、テディベアの首もとで揺れている。
「トキヤ?どうしたの?これほしいの?」
「え、い、いやそんな…」
「ほしいならあげる!つばさ、たくさんもってるから!」


はい、と手の平の上に置かれたテディベア。
メイの形見をそんなにまあ簡単にあげると言われるのもなあと思ったのだが、この小さい少女にはまだ命の重みがよくわからなくて当然だ。いや、ツバサはメイと会ったことがないから、その存在意義すらわからないのだろう。


「…ありがとうございます」
「たいせつにしてね」
「ええ、もちろんですよ」


ツバサの頭を撫でてやる。はにかんで笑った顔は、やはりどこか懐かしい表情だった。


「…さて、そろそろお暇します」
「ええっもうかえっちゃうのー!?」
「すみません、家に帰ってやることがあって」
「やだやだー!」


ダダをこね始めたツバサを見て、なんとなく音也を思い出す。
あの男もこんなふうにダダをこねていたな…、最近でもあったような。
ツバサは私のズボンの裾を引っ張り、帰さんとばかりに抵抗していた。



「こらこら、だめでしょトキヤくんが帰れないわよ」
「やだもん!トキヤといっしょにいるのー!」



メイの母がなんとかツバサをなだめようとしたのだが、一向にツバサは手を離してはくれない。
明日・明後日と珍しくオフなので、急いでやるようなことでもないのだが…、さすがにベランダに干してきた洗濯物は気になる。雲行きが怪しくなってきたので、雨でも降られたらたまったもんじゃない。
「つばさもいっしょにいく!」
「そんなのトキヤくんが迷惑でしょう、いい加減にしなさい」
「…、あの、もしお母さんさえ大丈夫であれば、私は構いませんよ。どうでしょうか、お泊まり会というのは」
「えっ…、でもなにか予定があるんじゃ…」
「いえ、珍しく明日と明後日はオフなんです、一日ぐらいなら大丈夫ですよ」
「わーい!やったー!」


これがもしツバサ…メイの姪でなければ、こんな発言はしていなかっただろう。数年前の私が見たらなんと思っていることか。
けれども、一日ぐらいはいいかもしれない。この小さな少女と時間を共有することは、無意味なことではないとどこかで感じているような気がした。
しゃがみ込み、両手を上げて喜ぶツバサに目線を合わせる。


「でも、私の家に来たら騒いではいけませんよ。大人しくしていることが条件です」
「あと、トキヤくんにあまり我が儘を言っちゃだめよ」
「はーい!」
「あっそうだ、実家から送られてきた野菜があるのよ。新鮮だから、貰っていってちょうだい」
「本当ですか、ありがとうございます」


一泊分のお泊まりセットが入っているリュックを背負ったツバサは、まるで遠足にでも行くようだ。
そんな少女と手を繋いで、自分のマンションまでの道を歩き出す。
子どもと同じ屋根の下で暮らすなど、一日といえどしたことのない経験。
けれども、何故だろう。何故かこの血の繋がっていない少女に、安心感を覚えてしまう。
メイの母の「生まれ変わり」というあの言葉、なんの根拠も信憑性も、ましてや原理も確立されていないそれを、信じてしまいそうになる。






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