今日はオフだが、週末のスケジュールの調整のために事務所へ行くことにした。事務所までは地下鉄で3駅ほどの距離。今日は交通機関は使わずに車を走らせよう。最近あまり運転をしていないので、腕が鈍ってしまいそうだ。ドラマの収録でも車両を動かすことはあるので、こういうことも人一倍上手く出来なければならない。


事務所でスケジュールの調整をして、事務所内の談話室に向かった。所属アイドルが載っている雑誌がそこに並んでいるので、念のためのチェックだ。発刊前のものが既に置いてあるので、本屋をはしごしなくて済むのはありがたい。


「あ、トキヤじゃん」


談話室に入ると、なぜかいつものメンバーが勢揃いしていた。音也に翔、レン、聖川さん、四ノ宮さん、七海さん、そして渋谷さんまで…。
彼らが取り囲んでいる机の上を見れば、懐かしい写真が無雑作にばらまかれていた。


「これは…」
「早乙女学園にいた頃に撮った写真だ、四ノ宮が持ってきたんだ」


近くにいた聖川さんが、一枚の写真を手にとって見せてくれる。私と、レンと翔が舞台でダンスをしているときの写真だ。これはまだ、学園に入ったばかりのときだったような。


「なっつかしいよなー!ほら、これ見てみろよ、学校祭のやつだぜ!音也の司会、意外と上手かったよなー!」


翔がみんなに見せるように持っている写真は、学校祭のステージで音也が司会をしているもの。舞台袖で七海さんが日程表らしきファイルを持っている姿も映っている。彼女はステージ企画の係の一人だったはずだ。


「楽しかったですよねえ、早乙女学園。僕たちあそこで出会って、こんなに仲良くなれるなんて」
「まぁ当時はいろいろあったけどねぇ…」
「あっ、そういえば覚えてる?ほら、Sクラスが女装したあれ!」


四ノ宮さんと渋谷さんの会話に乗るように、音也が声を張り上げた。そんなこともありましたね、と七海さんが笑い、あんなこともうしたくねーよと翔が項垂れる。しかし翔、業界に入って一番女装をしているのは紛れもなくあなたですよ。



「あのときって確か、メイが風邪引いて休んでたのよね!それでその後…、あ…」


渋谷さんが言いかけたところで、その場の私以外の全員が顔を硬直させた。皆の顔が私に向けられる。


「大丈夫ですよ、遠慮なんてしないでください」


笑顔がぎこちなくなってしまったかもしれない。
その後、メイの話も交えて学園生活の思い出を振り返り、午後3時頃に解散した。音也と翔は撮影があり、聖川さんと渋谷さんは打ち合わせ。四ノ宮さんはレコーディング、七海さんはリテイクの連絡が入ったために、各々部屋を出て行った。
残った私とレンは、その後の予定はなにもない。


「…イッチー、この後予定あるかい?」
「いえ、ないですが」
「今日は車で来てるのかい?」
「私を足にするつもりですか…」
「んー、まあそんなところかな」


レンともしばらく落ち着いて話をする時間はなかったので、たまにはいいかもしれない。そう思い、車の鍵を握った。そういえば、レンを助手席に乗せて運転することなど初めてだ。前に彼の車に乗せて貰い、食事をしに行ったことはあったが。


「どこに行くんですか?こんな時間ですから喫茶て、」
「いや、可愛いレディがいるところさ」
「は?」
「はは、なんて顔してるんだい。嘘だよイッチーのレディのところさ」


はぁ、とレンに聞こえるようにため息をついてから、車のロックを解除した。勝手に助手席に乗り込んでいく姿を横目に、私も運転席の扉を開ける。
何が楽しくて、男2人で彼女の墓まで行くというのか。


「オレ、今年はまだ来れてなかったんだよ」 「…そうですか」
「去年はお盆のあたりに来れたんだけど、今年は忙しくてさぁ…ごめんねレディ、やっと会えて嬉しいよ」


墓前でしゃがみこみ、両の手の平をくっつけて独り言なのかもよくわからないことを喋り出した彼から目を離し、来る途中で買ったチューリップのビニールを外した。


「お前もマメだねぇ、わざわざちゃんと花を買ってくるなんて」
「これぐらいしないと、失礼じゃないですか」
「はは、ところでピンクのチューリップはレディの好みなのかい?」
「ええ、生前はよく部家に飾っていましたよ」


揺れるチューリップの花びらを触って、レンは満足気に笑った。彼がこんな可愛らしい花を手にしているのは見たことがないので、少し笑いそうになってしまう。
彼はその手を引き戻すと、またしゃがみこんでメイに話しかけた。


「ねえレディ、聞いてくれよ。イッチーったら今日はずいぶん辛気くさかったんだ」 「な、」
「ちょーっとレディの話を始めたら、まあみるみる元気がなくなってね。そのわりには遠慮なんてするなって言うんだぜ?まだまだきみがいなくて寂しいみたいだ」
「ちょ、レン!」
「でも、みんな寂しいんだよ」


何も言えなくなってしまった。レンのその声音からは、確かに寂しさを感じたからだ。みんなの中にはレンも含まれている。私も、彼も、みんながメイのことを思い出として話すことが出来ても、寂しさは募るばかりなのだ。


「イッチーだけじゃないんだ。オレも、おチビちゃんやイッキ、子羊ちゃんも、みんながきみのいない毎日に物足りなさを感じてる。忙しくて大変で時間に追われる毎日だけど、きみが抜けた穴を埋めることなんてなにがあっても出来やしない。オレたちにとって、君がいた日々は幸せすぎたのかもしれないね」


彼の斜め後ろで、風の声を聞くように耳を傾けていた。諭すように語るレンの言葉の全てが、何故か安堵感を与えた。


「だからみんな、きみを早く思い出にしたいと思っているんだよ。辛くても笑って話して、きみがいない日々に慣れたいと思ってる。おかしいよね、もうあれから7年も経ったのに…、オレなんて28だ。それなのに、やっぱり寂しいって思うよ」


すくり。立ち上がって、私の方を振り向いた。少しだけ困ったように笑った後に、肩に手を置かれる。少し痛かった。


「だーかーら!お前だけじゃないんだよ。その辺も含めて、ちょっと飲まない?」
「そうですね、たまにはそうしましょうか」
「よーし!レディのお陰でイッチーが今日は乗り気だ!」


ほらほら行くよと背中を押される。アイドルでもなんでもない、まるで学生に戻ったような感覚がした。でも私たちは、全員が確実に学生のころよりもわだかまりもなく会話をすることが出来る。つまり仲が良くなったということだ。こうやって気に掛けてくれる友達と呼べる存在を持てて、本当に有り難く思う。 彼らがいなければ、私はあの時に駄目になってしまっていたかもしれない。






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