名前と付き合い始めて2週間。今日は名前の部屋で課題をやると前々から決めていたので、私は彼女の部屋を訪れている。今回の課題は、与えられたテーマに沿って曲を作れ、というものだった。特にこれといって難しいものではない。
名前の部屋は一人部屋である。というのも、彼女には元々同室の方がいなかった。なので普通なら2人で使うべき部屋を1人で使っているのだ。だから私は、名前と会う時は大抵彼女の部屋に来る。
この学園は恋愛禁止であり、異性の部屋を何度も訪れるのはあまり好ましくはないことだ。しかし私たちはそれ以前にパートナーなので、何度彼女の部屋へ来ようと課題をやるためだと言えば疑われることがないのは利点である。

それは、私の同室である音也にも言えることだ。彼は私と名前が付き合いを始めたのと同時期に、七海さんとの付き合いを始めた。まあ、あの時はいろいろあった。今はその子とは振り返らないでおこう。
つまり、私が名前の部屋に来ているときは、七海さんが私と音也の部屋に来ているということだ。私たちにとっても、音也たちにとっても、ありがたいことなのである。


「それで、この曲なら1キー上げた方が私としてはいいと思うんだけど、トキヤくんは大丈夫そう?」
「大丈夫です。その方が曲としては良くなると私も思います。音域の方も問題ないので、それで固めて下さい」
「了解〜じゃあ週末にはある程度形にしておくね」


あとは週末に名前から音源がくるまで、私の出る幕はない。今日やるべき課題はクリアした。
私が小さく息をつき少し伸びすると、名前が目の前で小さく笑う。少しだけ恥ずかしくなった。


「今日は朝の9時から6時間もぶっ通しだったから、疲れちゃったね。今コーヒーを入れるから、ちょっと待ってて」
「私も手伝います」


別に手伝うことなんてないのに、とまた笑った名前を追いかけるようにキッチンへ。彼女も私のようにコーヒーが好きなので、ちゃんと豆から落として煎れてくれる。
コーヒーのいい香りがしてきて、水滴が落ちきるまでのロスタイム。私はそっと名前を後ろから抱きしめた。すこしぴくりとした彼女だったが、私が頭を撫でてやるとすぐにリラックスしたようで、私の手の上に自分の手を重ねてくる。

彼女は2週間前に比べて、だいぶ精神的に安定してきた。恋人という意味で私に心を許してくれるようになってきたし、私を受け入れてくれるようにもなった。ただ、彼女が私を好きなために付き合い始めたわけではないことは、私も十分に承知していた。だから私は、彼女に抱きしめることや額や頬へのキス以外はまだしないと決めている。唇へのキスもその後も、名前が私のことを好きになってくれてからでいい。その方がいい。なにもゆっくり焦ることはないのだ。



コーヒーを飲みきったところで、私たちはソファに座りゆったりした時間を過ごしていた。時刻は午後4時30分。今日の夕食は名前の手料理を食べることができるので、私はそれを楽しみにしていた。…のだが。
携帯が着信を知らせる。


「…すみません、マネージャーから電話です」
「あっ、うん」


名前にはすでにパートナーになって2ヶ月を過ぎたところで、どうも隠しているのも厄介になり、HAYATOであることを話した。驚いてはいたが、それも考えなかったわけではないと彼女は言い、すぐに真実を受け入れてくれた。


「はい…はい……わかりました」


ピッ。通話を切って、雑誌に目を向けていた彼女に視線をやると、名前もすぐに私を見上げる。


「すみません…仕事が入ってしまって…今から行かなければ」
「えっ…そ、そっか…」
「夕食はまた今度ご馳走になりますね、本当にすみません」
「う…うん、がんばってね」


自分の荷物を素早くまとめ、上着を着て玄関へ。名前が私を見送るために、後ろからついて来る。振り返って一度優しく抱きしめてやると、彼女は今までとは違った感じで私を抱きしめ返してきた。


「…名前?」
「……」


そっと背中を撫でてやる。名前は私の胸に顔を埋め、またぎゅっと抱きしめてきた。


「ごめん…なさい…」
「…なぜあなたか謝るのですか…?」
「その……なんか…」
「……?」
「………行って欲しくなくて…」


思わず、名前の背中を撫でる手を止めてしまった。柄にもなく体温が上がるのを感じる。 だってそれは、もしかして、いや、もしかしなくても、


「…私と一緒にいたいのですか?」
「う、ん…」
「それは、私のこと、を、」
「……」


私としたことが、こんなに言葉に詰まってしまうなんて。翔やレンに聞かれたら笑われてしまいそうです。私自身、こんなに混乱するなんて考えられないのですから。


「…トキヤくんのこと、好き、みたい…」


彼女の口からそれを聞いた瞬間に、今まで感じたことがないぐらいに胸がいっぱいになって、私の思考がとまってしまった気がした。恥ずかしそうに顔を赤らめる名前が可愛くて、私は思わずその頬に唇を落とす。
視線がかちあって、吸い込まれるように顔を近づけ、彼女の小さな唇に私の唇を重ねた。時間がゆっくり流れているような錯覚を覚える。
触れるだけのキスを、角度を変えて3回。それから顔を離せば、名前は今までにないほど顔を赤くして、固まっていた。目元が少し潤んでいる。
もう一度優しく抱きしめて、行ってきますと一言。名前は私に行ってらっしゃいと言って送り出してくれた。今までで一番、綺麗な笑顔だった。



私たちのはじまり







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