「め、ろ」
玄関で靴の紐を縛ってるメロを、ただじっと見ていた。
ようやく出てきた言葉は、彼の名前。私の唇は、その二文字を紡ぐのがやっとで、その発音も名前だと判別できないほどにひどいものだった。けれど、メロはその私の発した言葉に反応して、私に目を向けた。
「なんだ?」
まるでいつもと変わらない、そんな朝の光景。でも違う、きっと今日だけは違う。私にはわかるんだ。メロはきっと、帰ってこない。それはこの家にというわけではなくて、この世界から消えてしまうということ。私には、わかっていた。
「…メロ、」
なんて声をかけたらいいのか、私の頭は考えることもできない。ただかれの指が、靴の紐を縛り終えるのを目で追って、その姿を目に焼き付けることしか。でもこんな数分で、目に焼き付けることなんてたかが知れていた。
お願いだから行かないで、なんて、私には言える言葉ではない。
「……泣くなよ」
目の前がかすんで、メロの表情すらはっきりと見えないまま、私は彼に頭を撫でられた。といっても、手を頭に置かれるぐらいの些細なものだったけれど。
ああ、彼に触れるのもこれで最後かもしれない。今の私には、自分の手を伸ばす力すらないんだ。
そして彼は一言、
その涙は、誰かのためにとっておけ
そんな優しい言葉を残して、私の元を(この世界を、)去っていった。
(ねえ、けれど私はあなたのために、今、)