家に帰ってきた時間はいつもと変わらなかった。 泣きやんだ私はピオニーにありがとうと言って、彼より先に軍を出た。 彼はというと、もう少しゆっくりしていたいと言ってまた本を読み出した。 一国の王も大変だ、休息なんてないのだから。

なので私はいつも彼が逃げてきたら何も知らなかったようにする。


またジェイドが一緒に食べるわけでもないのに2人分の夜ご飯を作って(彼はいつも残さず食べて私の分の食器も洗っておいてくれるけれど)、一人で無音の空間の中寂しい想いをしてご飯を食べる。 美味しくなんかない。

流れそうになった涙を拭って、食べきれなかったご飯を残した。 ジェイドが作ってくれた朝ご飯はちゃんと食べるけれど(それはやっぱり彼が作ってくれたものだから)。

ああ、でも昨日の朝ご飯は少しだけ残してしまったような。



「…………馬鹿ぁ………」



カタン、と音を立てて食器を台所に置いて、リビングを出て真っ直ぐ寝室に向かった。部屋に入ってやたらと大きいベッドにダイブする。

顔を上げた時に見えた彼の軍服(三着同じ物があるけれど一着は彼が今来ていて一着はクリーニング、そして一着は今ココにある)が見える。

畳んで(私が朝、クリーニングから出来上がってきたらく置いてあったものを畳んだのだ。彼は面倒くさいらしく自分で畳まない)ベッドの隅に置いてあるその青い色をした服を手繰り寄せた。


ぎゅっと胸に寄せてそれを抱きしめた。 ああ、洗っても彼の匂いがまだする。懐かしいような辛くなる匂いが。



「そんなに握りしめるとまた皺になるじゃないですか」



聞こえた声は公務中私が遮断した声だった。 何の感情も取り入れていない声音は静かな部屋に痛いぐらいに響く。

ジェイドは部屋のドアを音も立てずに開けるから私はすごく吃驚した。 怖くて、彼の方を見れない(私は彼の居る入り口に対して背を向けていた)。



「……名前、今日は起きてたんですね」



彼は私に近寄りながらそう言った。 規則正しく鳴る彼のブーツから発せられる足音と、規則正しくなる私の心臓の音。 けれど私の心臓の音の方が、彼の足音よりも早かった。



「リビングの電気も付けっぱなしで―――って、聞いてますか?」



彼は言うと共に、私の顔をのぞき込んだ。 そしてその瞳は次の瞬間驚きの眼となる。 私はその彼の表情を見た記憶がもう薄れていた。



「………泣いているんですか……?」



彼はじっと私を見た。私は一瞬だけ彼と目を合わせたけれど目を背けてしまった。そんなに長い間彼を目を合わせていることに馴れていないから、見ていられなかった。

彼は、私が目を反らすと折っていた腰を戻した。そして今度は私と向かい合わせになるように座る。



「………すみません」



何時の間にか彼はあの長いグローブを取っていた。手首まであるその黒のアンダーシャツの袖先が見える。ひさびさ。すべてがひさびさすぎて。ああ、どうしよう、どうすればいいんだろう。

そう思っていたら目元に彼の細い指が触れた。 目の端をなぞって、私の涙を掬う。 私は、彼のその手を捕まえた。



「……っ、ふ、ぅ………」



ぎゅっと、手を胸の前で握って顔を伏せた。 ああ、涙がぽたぽたと落ちて、きっと洗い立ての綺麗な彼の軍服を濡らしてしまったんだろうな。

彼は何も言わなかったけれど、空いた手で私の頭を撫でてくれていた。



「……名前」
「……」
「私を、私の目をちゃんと見て下さい」



ジェイドの声はすごく優しかった。 私は言われるがままに彼の瞳を見た。 赤い両の瞳が私を捕らえている。



「…どう謝ったらいいのか解りません。けれど、本当に申し訳ないと思っています」
「…………」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。辛い思いをさせて、ごめんなさい」



ぎゅう、っと抱きしめられた。 彼の軍服なんか比にならない、彼の匂いが全身を包んだ。 ああ、求めていたものだ。温かい、私が求めていた温もり。

きっとやっぱり彼じゃなきゃ駄目なんだ。ねぇジェイド、私ずっと貴方にこうやって抱きしめられたいと思っていたんだよ。



「…私、許して良いのかわからないよ」
「名前…?」
「ねぇ、許したいけれど、私すごく辛かったんだよ。泣き叫びたいぐらいに辛かったよ…貴方と一緒にいたいけれど、貴方と一緒にいると辛かったんだよ…」



涙は止まることを知らないように流れていた。 彼の来ている軍服も涙で濡らしてしまっていた。 彼が私を抱きしめてくれているように、私も彼をぎゅっとつかんだ。



「…私は、貴女と少しでも一緒にと思って公務を共にしました…貴女には、それが辛かったですか?」
「うん……すごく…」
「だから今日執務室に行ったんですね」
「し、知ってたの…?」
「ええ、心配で。昨日の朝ご飯を残していましたから」
「あ…ごめん…」
「流石にやばいかと思ったんで」



彼が抱きしめる力を弱めた。そして私の肩に手を置くと、そっと私との間に距離をおいた。けれどそれは決して遠くはなく、話すのに丁度良いぐらいの間隔。



「陛下と話している内容、全て聞いてしまいました」
「え……」
「… 本当は貴女に続いて執務室に入ろうと思ったんですが…陛下がいたので」
「………ジェイドは何も想わなかったの?」
「勿論、妬きましたよ。いけませんか?」
「……ううん。私、貴方が私じゃなくもっと大人の女性がいいんじゃないかって、私なんか必要ないんじゃないかって思った…この家を出ていこうとしたんだよ…」



ジェイドはまた、目を見開いた。 そしてすごく辛そうな顔をして言った。



「…貴女がこの家を出ていったら、私はどうすればいいというんですか」
「別に、いつもと変わらないじゃない…」
「…名前は私をいつも見ていないかもしれませんが、私は寝るときも起きるときも名前を見ていたんですよ」
「………」



そうか、ジェイドは私よりも遅く寝て早く起きるから、私を見ていたんだ。



「寝るとき、いつも貴女の目尻に涙が溜まっているのも知っていました。すごく辛かったんです、貴女を見るのが」
「………」
「けれど貴女と話す時間さえないし、どうすればいいのかわからず…」
「ジェイド…」
「……はい?」



また、彼は私の涙を拭った。 そんなに泣いていたのか、私は自分で拭おうとしたが、彼が私の手を掴んでしまった。



「… 私は、ジェイドが好きだよ」
「……私もですよ」
「だから、私はジェイドが自分で全て決めてしまうことが嫌いなの。頼って欲しいの。相談とか、して欲しいの」
「……はい、けれど貴女だって、少しぐらい私に迷惑を掛けて下さい」
「だって、私…」
「私は貴女に迷惑を掛けられても、嫌いになんてなりませんよ」



ジェイドの顔が見られなくなった。 涙が沢山溢れて、視界がぼやけた。 ジェイドは、そんな私の涙を舐めた。 彼が近くて、全てが愛おしくて、ああ、何て幸せなんだろうと感じた。



「しょっぱい」
「涙だから…」
「キス、していいですか?」
「…うん」



こんな風にキスをするのは初めてかもしれない。

私は、夜中目が覚めたときにジェイドがとても愛おしく感じて触れるだけのキスをすることがあるが(もしかしたら彼はきづいているのかもしれないが)、こんなに濃厚なキスをすることなど、なかった。



「……ん……… ふぅ、っ……」



脳は酸素を欲していたけれど、私は彼の唇を求めていた。 彼の首に腕を回して、すると彼は私を抱きしめてくれる。

時間を忘れて、随分とキスをしていた。



「…ジェイド、許して上げるから、もっと一緒にいられる時間を頂戴」
「できるだけ頑張ります、貴女の望みですから」
「……好き、大好きよ」
「私も、愛しています」



ねぇ、けれど言葉なんかじゃ伝わらないほどに大切なんだよ。




愛とか恋とか
そういう言葉で
説明できたら
よかった




まるで初々しい春のような、恋。 私は長い時間を掛けて、本当に大切なものを見つけました。




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