本当に私は貴女にとって大切なものですか?
愛とか恋とか
そういう言葉で
説明できたら
よかった
彼はとても自分勝手。
私の事なんて考えないで、全部自分で決めてしまうのよ。
この前だって、私に言わないで残業したり(ジェイドがなかなか帰ってこないから職場に行ったら居たので手伝ったけど)、私に言わないで任務で負った傷を看てもらいに病院まで行ったり(その後散々怒ってあげたけど)した。
その上愛人なんてつくってたらタダじゃおかないけど、それはしていないらしいので何とか彼を許してる。
けどね、私本当に彼が愛人つくってないなんて信じられない。信じようがないの。
彼は、容姿は良いし地位だって十分だし、性格だって(まぁ奥底を知るのは別だけど)表面はいい。
だから私よりももっと大人な女性がいいんじゃないかって(私は26歳ジェイドと9歳差)思う。
他の女に移って私はいつ捨てられるのかとても怯えているのよ。
「名前、ぼーっとしてないで仕事をしなさい」
「…… はーぁい」
彼はそんな私の内心を知らない模様(知っていれば驚くけれど)。
私に興味がないというように仕事ばかり。もう飽き飽きだ。
私のことを見てくれることなんてたまーにしかない。いうならこうやって同室で仕事をする時に何かを頼むのに少し目を合わせるぐらい。それも無いときだってある。
一日でほんの数えられるぐらいしか目を合わすことはない。
彼は私よりも早く起きて職場に行く(朝ご飯を作っていってくれる)し、夜は私よりも遅いから(ちゃんとジェイドの分のご飯も作る)いつも一人でベッドに潜って少し泣いて寝る(偶に目が覚めると彼が私の隣りに寝ている。ベッドはダブルなのに寝るときも起きるときも彼が目に入らないの)。
休日なんてないから、家で彼を見るときは本当に少ない。
同じ家に住んでいるなんてないくらい、彼を見ることはない(それがとても悲しくて、私は彼の家を出ていこうかと何度も思った)。
「名前、手が止まってます」
「……はーい、わかりました」
「………… 何をふてくされているんですか」
「べっつにー」
流石の彼も気が付いたのか、私に問うてきたが、私は答えるつもりなんて更々ない。
ジェイドは私を見て(多分。私は彼を見ていないからよくわからないけれど)きっと疑問符を浮かべて居るんじゃないかな。
ああ、そんなことをしないで呆れているかもしれないわね。
私も彼も、人とコミュニケーションを取るのが人一倍苦手な人間だもの。
「… 私、何かしました?」
「別に。何もしてないんじゃないですか〜カーティス大佐」
「じゃあ何で貴方はそんなにふてくされて居るんですかカーティス中佐」
「ふてくされてないってば。それに公務中は"苗字中佐"ですから。旧姓でお願いします死霊使いジェイド・カーティス」
「なら貴方は何をそんなに気分を悪くしているんですか、そう言うときは私がからんでいるでしょう呪符使い名前・苗字」
ああいえばこういう。
もう、彼の一言一言が嫌で嫌で仕方が無くて、押しつぶされそうになるほどに辛い。
「私、別室行きます」
すっと立ち上がって、仕事道具を全て手に抱え、何も言わないジェイドの前を素通りして部屋を出た。
違う部屋でやることは終わった書類を持ってこなければならないという面倒くさいことになるけれど、あの重い空気の中でやるよりは随分ましだ。
私は自分の部屋に行くには大分遠いので執務室へ行くことにした。
あそこは普段誰もいない。風通りも良いし、今の気分が幾らか楽になりそうだ。
「あ」
執務室にたどり着いた。けれどそこには先客がいた。
「よぉ名前」
「な、なんでピオニーがいるの……?」
「いちゃいけないのかよ。実は仕事が嫌で仕方が無くて逃げてきたんだ。行く宛てもないし、けど軍で普段誰もいないここなら隠れられるかと思って本でも読んでた所だ」
「そうなんだ…王様こんなところにいていいの…?」
「いいんだって。どうせ今日ぐらいサボったって変わらないし」
「…暢気ね…怒られるわよ?」
「そんなのもう馴れてるからな」
執務室のソファにだらんと腰掛け、その前のテーブルに足を組んで上げて、彼はまさにサボってますというスタイルだ。
昔からかわらない彼のそんなところに安心する。ピオニーは王様らしくない王様だ。
「それより名前はどうしたんだ?見たところジェイドに何か言われましたって顔してるけど」
「流石ピオニー、解ってる」
はは、と空笑いをして、彼の隣りに座った。テーブルに仕事道具を置くと、ピオニーは足を床におろした。
何かあったか?と彼は聞いてくる。
「うん、まぁ前からの事なんだけど」
「ああ…何回か聞いたあれか?」
「うん」
書類を広げてペンを手に取った。
今日の日付を書いて、私の名前を書いて。
そしてそこでいったん終わり。私は仕事をする変わりに喋ることにした。
「… ジェイドは私のこと嫌いなのかな」
「んなわけないだろ〜、彼奴はああ見えて結構純愛派だよ」
「すっごく説得力がないね」
「… まぁ、普段からあれだから仕方がないけどな」
上を向いて、ピオニーは笑った。
私も少しだけ笑った。
けど心は笑ってなんかいなかった。
「…まぁ名前、そんな気を落とすなよな。俺にはすごくの話するんだぜ?っていうか、名前の話しかしないんだよ」
「うん…けどね、他の誰かに言っていたとしても私に言ってくれなかったら、私彼を信じることができないよ」
「……ジェイドには、言わないのか?」
「言える分けないよ。家では見ないし、公務中は私事は慎まないといけないし…それに私、ジェイドを困らせたくないよ…」
「…彼奴には頼って欲しいけど、彼奴に頼りはしたくない、ってことか」
「……… うん、やっぱりピオニーはちゃんと解ってくれるんだね」
「そりゃあ、もう10年もお前等の相談にのってればな」
彼は苦笑して言った。
そうか、もう10年か。
長かった10年だけど、ジェイドとの想い出なんてこれっぽっちもありゃしない。
数えるほどもない、あるとすれば二人だけで結婚式をしたあの日。
まだ大人の都合なんて知らないで遊んでいたあの頃は良かったな。
毎日が楽しかった。
ジェイドやみんなと笑って、一日中一緒にいたことだってよくあったのに。
彼に勉強をみてもらって馬鹿と何度も言われたけど、胸が苦しくなることなんてなかったのに。
「…大人になるって、嫌だね」
「……それが現実だよ……泣くな、俺まで泣いちまう」
泣き出した私を、ピオニーはそっと抱きしめてくれた。
ジェイドすらもう暫くしてくれなかった、人の温もりはすごく温かかった。