世界は今日も平和だ。それはキラという残虐者がいた時代に比べて、という話であって、決して犯罪がなくなったわけでもないし、ニアの忙しさもいつも通り。
それでも私の心は随分穏やかになったような気がする。あれから3年。世界が平和を迎えて3年。ニアがLを継いで3年。勇敢に戦った同士を2人失って、3年。
メロにもマットにも、あの頃は勇敢だなんて思ったことはなかった。でも彼らがいなければ事件解決の突破口をつかめなかったのは事実で、ニアはそんな彼らに感謝していたのも事実だった。それと同時に、彼らの死を悔やんでいた。それは私以上に、今でも。
「ニア、少し休んだら?」
「大丈夫です」
と言いながらも、ニアの目は睡魔に襲われとろんとしていた。ニアのこんな状態を見るのは2日に一回、つまり彼はあまり寝ていないのだ。なのによくあれから背が伸びたものである。今では158センチの私よりもっと大きい。測ったことはないけれど、170センチはあるはずだわ。
「でも休んだ方がいいよ、眠れないなら傍にいてあげる」
「…わかりました」
ニアはふらふらと立ち上がると、ベッドのある部屋へと歩き出した。昔のように真っ白な彼だけど、随分大人になって、あの頃はまだ少年だったのにもう青年と呼べるだろう。
まるで母親の気分を味わっている私だけれども、これでも年齢的には私だってニアのひとつ上で、そんな大佐は見あたらない。強いて言うなら頭のつくりかしら。
ベッドに横たわったニアは私を待っているようだった。一人では決して寝ようとしないので、こうやって寝かすことが毎回である。前にいきなり睡眠不足で倒れたことがあって、一時入院していたこともあり、彼もある程度は気をつけているみたいだけれども、私がいなきゃ食事もろくにとらないのは変わらない。
「名前、まだですか」
「はいはい、待って」
普段からパジャマのニアとは違って私はワンピースを来ていたので、部屋着に着替えてベッドに向かった。
サイドテーブルに置かれた写真立てには、ワイミーズハウスにいた頃のように幼いメロとマットの絵。写真は一切残っていなかったので、ニアがリンダに頼んで描いて貰ったのだ。絵の中の彼らの屈託のない笑顔は、あの頃のまま。
ベッドに潜り込むと、待っていたと言わんばかりに抱きしめられる。ニアが私を抱きしめる大きさになる日が来るなんて思わなかったわ。
「…名前」
「なに?寝ないの?」
「いえ…少し話しを」
ニアは伏せ目がちにそう言った。なんだか大好きな親に怒られた子供のような顔。彼のきれいな長い睫毛は、案の定白い。
「…あなたがいてくれて、よかったです」
「そうね、食事も睡眠もニアだけでは気が気じゃないわ」
「それもありますが…私はあなたがいなかったら、あの地獄のような苦しみから解放されなかったでしょう」
地獄のような苦しみ、とてもいい例えだと思う。あの事件が終わって半年ほどは、ニアはまるで生きているようには見えなかった。仕事をこなしながらも目は虚ろで、返事も機械的。魂が消えてしまったと思ったぐらい、その頃のニアはやつれていたのだ。生きていく上で必要なことは全て拒否し、体重もどれぐらい落ちたことだろう。
それくらいに、ニアにとって彼らの存在は当たり前のものだった。
「…迷惑をかけました」
「迷惑なんかじゃないわよ、心配はしていたけれどね」
「あの頃の記憶すら曖昧で、あなたに辛い思いをさせたかもしれません」
「辛かったのはニアでしょ、大丈夫よ。私はあなたが今こうして元気でいてくれてさえすれば、それが幸せなの」
綺麗な睫毛が揺れる瞼にキスをひとつすると、ニアは目を閉じたまま、
「ありがとうございます」
と言った。その表情は安堵感で溢れていて、今度は私が抱きしめる。ああ、本当に男の人になったのね、抱いた寒色がまるで違う。
「これからも傍にいてくれますか」
「じゃないと生きていけないんでしょう?」
「…そうでした、よろしくお願いします」
ほころぶような安寧
そして静かに眠りについたあなたを、私はずっと抱きしめているよ。