「――――――――あ…」




ガシャン、という程の大きい音でもないが、私にはそれぐらいの音に聞こえた。

その理由はこれがとても大切なもので、この大切なものの持ち主が私の大切な人だからだ。

パズルというものは、作り上げるのには時間を沢山要するくせに、壊すのは容易いものである。





グッドデイ・バッドデイ




と、もう大分出来上がってきて、あと残りのピースも数える程というところだったパズルを壊してしまったのは、かれこれ30分ぐらい前のこと。

私はこの30分間、崩れたパズルを戻すこともせずにその場に座り込み、考えていた。



どうしよう、ニアに何て言おう。



考えれば考えるほどに、答えなど見つからない。

嫌われたくないし、けれどあのニアだ、嘘とかついたり下手な言い訳でもしたらすぐにバレるに決まってる。ここはもう、潔く蹴飛ばしちゃいましたと言うべきか。

ああ、ミルクパズルの色が何だか眩しい。




「何をしているんですか」
「ぎゃっ!」




来た来た来た、お出でになられた。
私は突然のニアの登場に、その方向をバッと身体ごと振り返った。 音もなく部屋の入り口までやってきたニアは、私を見た。
彼の表情は、別に私を怪しんでいる様には見えない。




「…今、何か隠しましたよね」
「えっ、なっ、そんなことは…」
「いえ、確かに隠しました。名前の後ろに何か…」
「ぎゃあああああ」




近寄って、私の背後を覗き込もうとするニアを、慌てて押し退けた。

やっぱり見つかっちゃったりしたら手に負えない。 けれどこの状況をどうやって切り抜けろと言うんだ。 今見つからなくても後で散々な目に遭うじゃないか。 でも、見つかったら口も聞いてくれないかもしれない! どうすればいいの!?




「…名前」
「な、何ですか〜」




ニアは、私の肩にポン、と片手を置いた。 私はその突然の行動に疑問符を浮かべ、ニアの顔を見た。 いつもと何ら変わりのない、無表情といえる顔。




「わっ」




するといきなり、ニアは私の肩に置いた手に力を込めた。 ニアは、自分の後ろへと力を入れたのだ。 そのまま私は抵抗することなど出来ず、ニアから見れば後ろだから、私にしてみれば前に倒れ込む形になる。


つい一瞬のことで、先程までの私とニアの場所が入れ替わるようになった。 だから、ニアは崩れて山になったパズルを、目の当たりにしたのだ。




「………名前…」
「ごっごめんなさい」
「………………」
「悪気は、なかったの……ただ、その、通りかかった拍子に、足が…」
「蹴ったんですね」
「ひぃぃいッ、ご、ごごごごめんなさい!」
「別に怒ってませんよ、名前」
「………ほへ………?」




土下座とまではいかないが、それに等しい感じに頭を下げた。

すると目の前のニアは、私がこんなに頭を悩ませていた出来事を(私が悪いのだが)ものともしないように平然としている。

…何か、骨折れ損のくたびれもうけ?




「…怒ってないの…?」
「私がそこまで短気に見えますか?」
「……いや、見えないけれど、どことなく子供っぽいから…」
「パズルではなく今の言葉について怒りたいのですがいいですか?」
「よっ、よくないです!」




首を左右に振って、私は必死に抵抗した。 ニアが怒ったところなんて見たことがないけれど、きっと普段怒っていない分怖い筈だ。 怒らせなくてすむのならそうしたい。




「…けれど、いつも大事にしているパズルだから、なんか…」
「別に構いません。崩れてしまったのであれば、また作り直すまでですから」
「……優しいんだね」
「そんなことはありません」




少しだけ、ニアが頬を赤らめたように見えた。 私がくすくすと笑っていると、ニアは私が崩してしまったパズルに手をかけた。 どうやらこれからまた組み立てるらしい。ニアは私に背を向けるように座った。

パチパチと、パズルをはめる音がする。




「私も手伝うよ」
「これは趣味の一環ですから、手伝ってもらうようなことではありません」
「つれないなあ。私もパズルがしたいの」
「それなら普通に言えばいいでしょう」
「んもー」
「それに、名前なら柄付のものから始めるべきです」




規則的に、パチンとパズルをはめていくニア。 まるでもう、全てのピースがどこにはめるべきものかをわかっているようだ。 いや、きっとそうに違いない。




「じゃあ私も頑張ろうかな」
「何をです?」
「パズルを」
「……どうして。こういう知能的な遊びは性に合わないのではなかったんですか?」
「そうだけど」
「なら無理に頑張る必要は無いのでは?」
「つれないなぁ」




どれもかわらなく白いパズルのピースの、目に付いたものをひとつだけ手に取った。 そしてそれを、中指でニアの額に押し付けた。 勿論、ニアは何ですかと言わんばかりの眼差しを向けてくる。




「いつかニアのパズルをマスターしてみせるもんね」
「それはある種の宣戦布告と取っても?」
「ええ、いつかニアをぎゃふんと言わせてあげるから」




小さく、ニアはくすりと笑う。 その表情は呆れたともとれるが、私には嬉しそうに見えた。

彼の額からピースを取ると、そこにはピースの跡がしっかりとついていた。 どうしてくれるんですかと痛い視線を頂いた後に、そこに静かにキスをした。 ミルクパズルは白いばかりでニアの様。




どんなものでも、作り上げるのは難しくて壊すのは簡単だ。 けれど私はニアとの仲を、決して壊すことの出来ないような大切なものにしたい。

真昼にパズルを一緒にするような、自由で他愛のないものでもいいから。






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