1月25日、その日は珍しく、マットが家にいた。昼に帰ってきたと思ったら、今日はもう一歩も外にでないとか言って、私にへばりついていたのを覚えている。そしてその日の深夜、日付が変わる少し前。




「俺は明日の今頃、もうこの世界にはいないかも」




と言った。珍しく真面目な表情をした彼を見たので、それは冗談ではなく真実なんだと悟った。


私はマットが何をしているのかを知っていたので、そこについてふれることはしなかった。これは彼に課せられた宿命と言えるもので、私は別に、どうしてマットだったのだとかそんな下らないことは考えないようにしていた。だって仕方がないもの。






翌日26日、その日が終わりを向かえても、マットは帰ってこなかった。でも悲しいとか、そういった気持ちはなかった。いや、まだわからなかった。

彼が本当に死んだかもわからないのに、悲しめなかったのだ。それにマットはあのとき、こんな言葉も言った。




「俺がいなくなっても泣いたらだめだよ。俺よりいい男なんていっぱいいるさ、名前は俺には勿体ないぐらいにいい女だからな」




そんなわけあるはずない。マットよりいい男って誰なの?あなた以上は考えられなかった。

でも、そのとき笑ったマットの顔が、とても苦しそうに見えたので、私は頷くことしかできなかった。少しでも、彼のその重たいなにかを取り除けるのであれば。







それでも私には苦しみがやってきた。マットがいなくなって、5日。意外と早い限界だった。

目覚めたら突然、目の回りがすごく塗れていることに気づいて、ああ私は泣いているんだとわかった。すると、何かがあふれ出したかのように次々に目から液体が流れ、止まらなくなってしまった。そのとき、もう彼はいないんだと感じた。

私は認めざるを得なかった。いないと気づいてしまえば、そこから悲しみに転がり落ちるのはいとも簡単なものだった。



ニアからのコールがあって、メロが死んだということを聞いた。マットは、と聞くことはできなかった。ニアも何も言わなかったので、私はやっぱりマットは死んだんだと肯定するしかなかった。



あの太陽のような彼は、もう私真上の空の下にはいないのである。既に涙は底をついていた。食べ物も咽を通らなくなって、このまま死んでしまうのかな、と思った。それでもいい。そうして彼と同じ道を歩んでいけるのであれば、それは幸せなことじゃないか。


そんなふうに考えてしまって、愕然とした。私は何てことを、マットはそんなこと望んでやしないのに。途方もない虚無感は私をとりまく。どうしようもない世界になったものだ。





カチャ、と玄関から音がした。それは鍵が開く音ではなかった。なにか郵便物でも入ったのかと思って、でも私はそれを取りに立ち上がるほどの力はなかった。ベッドにもたれかかり、体重を預けることしか。ベッドに上がることすらも、今の私には大変な運動だった。


すると、ドアが開く音が今度は聞こえた。誰、マット?なんて考える頭は都合が良すぎる。ここは私の生命の危機を感じたニアぐらいが妥当。ニアからはよく電話がかかってきていた。ワイミーズの絆ってすごい、なんて考える。平たい頭で。




「鍵ぐらいかけろよな、不用心だろ」




毎日聞いていた声がして、ああ空耳かも、と閉じていた目を開けることもしなかった。目を開けて現実を見てしまえば、やっぱりそれは空耳だと思うしかないのだ。今の私にはそれすらも辛い現実でしかなかった。夢でもいいからあなたに会いたいのに。




「おい、寝てるのか?」




と、肩を揺さぶられて初めて目を開けた。目の前には紛れもない、そう、マットがいたのだ。頭は現実と夢が繋がったのか、繋がっていないのか、私がどうかしてしまったのか、何も言えなかった。マットは困ったように座り、私をのぞき込んだ。




「大丈夫?」




と尋ねてきたマットは、やっぱり本物だった。だって、赤毛に埋まった包帯とか、頬にくっついている絆創膏とか、あまりにもリアルすぎるもの。




「…マット?」
「以外に見える?」
「…見えない」




はたりはたりと落ちてくる涙を、マットの手が拾い上げる。グローブをつけていない、すこしざらざらした手は、やっぱりマットのものだった。

嬉しいとか、幸せとか、感じる暇もない。今度は彼が生きている現実を受け止めることで精一杯で、私は本当にどうにかなってしまいそうだ。




「ただいま」
「おかえり…」
「生きてたよ」
「死んだと思った」
「俺も。でもメロは」
「ニアから聞いた」
「え、ニアから俺が生きてることは聞かなかったの?」
「うん」




あいつ、とマットは額に手をやって項垂れた。元気そうで何より。




「それより、」
「え?」
「愛してる」





ラブしか語れない




「私も」




(2010/01/26追悼・心よりお悔やみ申し上げます)





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -