あの子の髪はセミロングで、ココアブラウンの色をしている。近くにいれば良い匂いがしてきて、それは彼女が愛用しているコロンの香り。
俺はこの匂いが好きだ。顔立ちはすっきりとしていて、美人と言うよりは可愛い。吸い込まれそうな瞳は髪の色とよく似ていた。生粋の日本人ではないらしい。どこかとのハーフだと言っていたが、あまり興味はなかった。俺だって日本にいれば外国人だし、お互い様だろう?
平均身長よりも低めの背に、いつもスカート。大抵ワンピース。彼女は膝下まで丈もよく似合った。俺はミニスカートが好きだけど、どうやら彼女には似合わないらしい。着てくれなんて一回も言ったことはないけれど。
名前はまるで野良猫のようだった。俺という人がいながら、そう、いつもふらふらと。俺より放浪癖がある。
「ただいま」
でも、俺の家にきたときには必ずただいまを言った。別にここが名前の家だと決めたわけでもないし、同棲しているつもりもなかったけれど。名前はいつもここで寝泊まりしている。
朝目が覚めていなくなっていることも少なくはなく、比較的彼女は自由気ままに毎日を過ごしていたけれど。
「おかえり」
ただいまと言われたのだから、反射的におかえりといつも言ってしまう。別に言いたくないわけじゃない。でも、そのただいまには少し疑問があったもんだから、しっくりこないおかえりだった。
いつものようにコートをかけ、冷蔵庫を開けると、名前はコーヒーを取り出して喉に流した。彼女はお酒は飲まない、そういう女だ。悪くはない。
俺たちに会話はあまりなかった。だからといって、なにもないわけではなかった。名前は常に俺の隣、ほんとうに肩がくっつくぐらいに隣にいたし、俺もそれが当たり前だと思っている。彼女からはコロンとコーヒーの香りがして、俺のヤニ臭さと緩和していた。
たとえるなら名前がプラスで俺がマイナス。かもしだす雰囲気すらそんなかんじ。
プルルルルル。
名前の携帯電話が鳴った。彼女は面倒くさそうにそれに手を伸ばし、通話ボタンを押して耳に当てると、生返事を何回かしてから切った。すくりと立ち上がる。どうやら誰かに呼び出されたらしい。名前の私生活にはあまり関与していなかった。仕事をしているのかしていないのかもわからないけれど、俺ほど命に関わるような危ない仕事はしていないと思う。薬とかもやってないし。
「行くの?」
俺が名前の背中に問いかけると、ちらりとこちらを向いて彼女は、
「うん」
と、俺にも生返事を返した。どこへ行くかとは告げない。そこが名前らしかった。まるで野良猫のようにあてもなくさまようような。でも餌をやる人もいるんだ。そう、俺みたいな。
「帰りは何時?」
いつもは聞かないことを聞いてみた。名前は別に驚いた素振りも見せずに、コートを羽織った。ちょっと寂しい。携帯をバッグに入れて、彼女は俺をじっと見た。俺はその視線をそらすことができなくて、そのまま。
「何時かはわからないけれど、帰ってくるわ」
「別に泊まってきてもいいんだぜ?」
「だってマットがいないと安心できないもの」
と言って、名前は玄関のドアを閉めた。
かぎりなく純白に近い罪状
それって愛の告白だろうか。
というか俺って、そんなに君を繋ぎ止めることができていたの?