私は、音也くんが春歌ちゃんのことを好きだと知っていました。付き合う以前からのことです。

音也くんと面識を持ったのは、パートナーのトキヤくんがいたからでした。トキヤくんの部屋に忘れ物を届けに行ったときに、同室の音也くんに初めてご挨拶をしたのです。そのときはトキヤくんが留守で、私は30分ぐらい音也くんと話をしていました。
音也くんの第一印象は、とても明るく話も楽しく、まだ少年の面影が残る爽やかな青年でした。そしてそれは、今でも変わりません。

一度話をしたら友達、音也くんのルールではそうなのでしょう。Sクラスの私とすれ違い声を掛けてくれたことが、何回あったかわかりません。
そうしているうちに、私は音也くんに惹かれていきました。それと同時に、音也くんがパートナーである春歌ちゃんのことが好きだということにも気づきました。
それでも私は、毎日焦がれるほどに音也くんのことが好きだったんです。この気持ちを胸にとどめておくのが辛くなるほどに。
望みはないとわかっていました。でも、もしかしたら。もしかしたら彼は、OKを出すかもしれない。そして、いつか私を好きになってくれるかもしれない。
そんな希望をかけての告白でした。



私と音也くんの2ヶ月は、本物ではなかったと思います。
ただ私ばかりが彼を好きでした。音也くんは、本心では最後まで春歌ちゃんのことを想っていました。やっぱり、気づいてしまうものです。
だから彼から「ごめん」と言われたことは、考えてみれば当たり前のことでした。
それでも悲しくないなんてことは、やっぱりありませんでした。

音也くんと恋人をやめてから、3日ぐらいは毎晩泣きました。私には同室の相手がいなかったので、慰めてくれる人も、心細いときになんとなくいてくれる人もいませんでした。でも、だから心おきなく泣くことが出来たんだと思います。

それでも、悲しんでばかりいるわけにはいきません。私にはパートナーのトキヤくんの曲を作るという大切な役割がありました。涙の後が消えない顔でトキヤくんに会いましたが、彼が心配そうに顔を歪めていたのを覚えています。





トキヤくんが私に好意を寄せていることには気づいていました。音也くんとつきあい始めてからの彼の行動は、全てそれを体現していると感じていました。彼の私に向けられる眼差しの中に、愛しさが混じっていたのを。


「私じゃだめですか?あなたのことが好きなんです」


いくら失恋して悲しいからとはいえ、すぐに他の男と付き合うなんてどうなんだろう、と自分でも考えたのは本当です。
でも、私は弱い人間でした。誰でもいいから、私を大切にしてくれる、私に愛をくれる人に傍にいて欲しかった。
だから私は首を縦に振ってしまいました。
トキヤくんのことは、パートナーとして大切で友達として信頼できる人だと思っていました。恋愛対象かどうかは自分でもよくわからなかったのは、事実です。
何せ、私は彼のような人を好きになったことがなかったのです。いつも音也くんのように、明るくて元気いっぱいの人に恋をしていました。


トキヤくんは、私を本当に大切にしてくれました。私への言葉のかけかた、気の配り方、全てが優しく暖かいものでした。
音也くんと春歌ちゃんが一緒にいるところを見せないように気を配ってくれたり、ずいぶん苦労をかけてしまったと思います。


「まだ食欲がないんですか?もしよければ、私がなにか作りに行ってもいいですか?」


そんなふうに、まだ傷心の私に食べやすいご飯を作りに来てくれることも、よくありました。
トキヤくんがいなかったら、私は一体どうなっていたことでしょうか。






「名前、明日の午前はレコーディングルームで音撮りですが、午後は用事はありますか?」
「えっと…、音撮りが上手くいけばないと思う…」
「じゃあ、もしよければ私に付き合っていただけませんか?」
「え、うん」


トキヤくんに連れ出され辿り着いたのは、早乙女学園から少し離れたところにある丘でした。
時刻は夕方、ちょうど夕陽が沈みかけているところで、空がオレンジやピンク、紫、青とグラデーションを作っています。


「…きれい…」


その先には、障害になるような人工的で無機質な建物なんてありません。
地球の本当の姿、生命の還るところ、大げさかもしれないけれどどこか心が洗われるような、そんな光景が広がっていました。
でもその夕陽の色は、どうしても誰かを連想させてなりませんでした。


「……っ、」


ぽたぽた、流れては落ちる雫が、私の視界を曇らせました。
私の後方にいたトキヤくんが近づいてくる足音が聞こえてきます。


「泣いてください。あなたはいつも、私のいないところで泣いていたでしょう」
「っ、だって、だって…」
「悲しみは、分け合わなければなりません」


ぎゅっと握られた手が、とても温かい。トキヤくんのぬくもりと、愛情が伝わってきます。
私はその気持ちに押されるように、声を出して泣きました。初めて、あの恋が終わって、初めて誰かの前で泣きました。


音也くんのことが、大好きでした。本当に、本当に大好きでした。心から、彼のことを愛していました。
ずっと一緒にいたかった。ずっと傍で、隣で、彼の笑顔を見ていたかった。
告白して、いいよって言われたあの瞬間、心臓が飛び出るぐらい嬉しかったのを、今でも覚えているのに。手を繋いで歩いた帰り道も、相合い傘をした雨の日も、一緒に購買のパンを食べながら笑い合ったあの日も、全部覚えているのに。
でも私たちはやっぱり、本物にはなれなかったんです。
今はもう、私がいた場所に春歌ちゃんがいます。とっても羨ましい。ずっとそこにいたかった。誰よりも音也くんの近くで、彼と時間を共有したかった。



「っ、う、ひっく…」
「……」


トキヤくんは、ずっと私の手を握ったまま。他にはなにもしません。
そしてそのまま陽が沈むまで泣いた私に、彼は、



明日からは、きっと違うあなたがいるはずです




きっと私は、このとき既にトキヤくんに惹かれていたのではないでしょうか。
トキヤくんに手を引かれて歩いたあの夜空を、私は忘れません。






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