最近、名前に避けられている気がしてなりません。
すれ違っても、逃げるように小走りで行ってしまいますし、話し掛けてもすぐに話を切り上げられてしまいます。もちろん、彼女から話し掛けてくる回数も減りました。
今では、名前とは卒業オーディションの曲の話しかしていないような気がします。
私たち、恋人ですよね…?


私が告白してから、半年が経ちました。
私はそれなりに彼女にアプローチをしてきましたし、とても大切にしてきたので、名前には気持ちがちゃんと伝わっているはずです。
ほんの1週間前までは、キスもハグも今まで通り、普通に行っていました。
さすがに性行為は行っていません。まだ、私たちには早いことです。彼女が安心してセックス出来るように働きかけるのも、私の役割だと思っています。

だから私は、本当に大切に、彼女の心がほぐれるように名前に接してきました。
なのにどうして、私は避けられているんでしょうか…。



「ここはこの歌詞でいくと少し音が足りなくなるので、アレンジしても大丈夫ですか?」 「そうだね、じゃあこんな感じでどうかな?」


名前がレコーディングルームのシンセサイザを鳴らして奏でる。


「いいですね、それだとこういうふうに」


私がそのメロディーにのせて歌ってみせれば、彼女はぱあっと明るい表情をした。


「すごくいい!むしろそっちのほうがいいと思うよ!」


とても嬉しそうに笑った彼女が可愛らしい。
こうしていれば普通なのだ、なのに…なぜだろうか。
私はそっと彼女の髪に触れてみた。


「!」


ぴくりと名前の肩が跳ねる。
そして目をぎゅっとつむり、ふるふると小刻みに震え出した。
こんなふうにされては、私も彼女に触れることを躊躇ってしまう。


「…、もうこんな時間ですし、今日はこの辺で終わりにしましょうか」
「う、うん…」


本当は、あと30分レコーディングルームが使える。
しかし、こうなった名前とは会話が噛み合わなくなることも少なくはない。
今日は彼女を部屋に送り届けることもせず、校門の前で別れた。
…やはり今日も駄目だった。


私が、何かしたのだろうか?
気づかないうちに名前を傷つけていたとか…。
半年間で築き上げてきたはずの愛情と信頼は、一体なにがあって頑なに拒まれているのだろうか。
考えても考えても、思い当たる節は見あたらない。



そんな苦悩の生活が2週間に差し掛かろうとしたある日、名前が珍しく欠席した。
朝のHRで日向さんから風邪だと伝えられる。
…本当にそうなのだろうか、私に会いたくなくて休んだのでは?
考えたくもないことが頭の中を巡ってしまう。
もやもやした心情のままHRが終わり、移動教室のために教科書をまとめていると、日向さんに肩を叩かれた。


「一ノ瀬、言われなくてもわかってるとは思うが、お前パートナーなんだからな。苗字の見舞い、行ってやれよ」
「…はい」


全く行く気はなかった。
いや…行く勇気がなかったのだ。

でも日向さんから直接言われてしまっては、足を運ばないわけにはいかない。
放課後、練習もそこそこに切り上げ、名前の部屋に向かった。
購買で口当たりの良さそうなゼリー類を買って。
…こんなときに限って今日がHAYATOのオフだというのだから、やりきれない。


早乙女学園の寮には、各部屋に呼び鈴というものが存在しない。
レンや翔の部屋であれば、適当にノックをした後にドアを開けるのだが…、いくらパートナーとはいえ、女性の部屋のドアを自分から開けるのには抵抗がある。
仕方ない、メールをしてみよう。
ポケットから携帯電話を取り出し、彼女に見舞いに来た旨をメールする。
すると、ほとんど間を開けずに静かに扉が開いた。


「トキヤくん…」
「お体は大丈夫ですか?」


どうやら風邪は本当だったらしい。
彼女の額には冷えピタ、目は熱のせいか潤み、頬も紅潮していた。


「大丈夫だよ…移したらやばいから帰っ、げほっげほっ」
「大丈夫じゃないみたいですね。とりあえずお邪魔します」
「えっ」


名前を押しのけて部屋へ入る。
動揺している彼女を無断で抱き上げ、ベッドに下ろした。
テーブルとセットになった椅子をベッドの脇に移動させ、私はそこに腰掛ける。
その容赦ない一連の流れに、名前は抵抗する間もなくされるがまま。
いや、抵抗する力も今はないのかもしれない。


「食欲は?」
「ない…です」
「薬は?」
「いえ…」
「だろうと思いました」


そんなんじゃ治りませんよ。
言いながら、購買で買ったみかんゼリーを取り出し、蓋を開けて差し出す。
名前はゆっくりそれを受け取ったが、なかなか食べようとはしない。


「どうしました?」
「食べれる気が…」
「大丈夫です、ほら、口を開けて」


私が彼女の手からゼリーを取り、スプーンですくって口元へ運ぶ。
名前は素直にそれを食べ、大きめのゼリーだったが間食していただけた。


「ちゃんと食べられましたね。さて、薬です」
「う、ん…」
「2錠ですね」


瓶から錠剤を取り出し水と一緒に手渡すと、彼女は嫌な顔をしながらもなんとか飲み込んだ。
とりあえず、私がすべきことはクリアできただろう。


「…横になって。起き上がっているだけで熱が上がります」


肩をそっと押せば、彼女はぴくりと体を揺らした。
また、あのときのような。


「あ、う…っ」
「名前…?大丈夫ですか?」


でも今日はいつもとは違った。
彼女の両目から、ぽろぽろと涙がこぼれている。
また、いつものように拒否されている。
でも一体どうして…?私は彼女が泣いてしまうほどの、一体何をしてしまったというのだろうか?
私は思わず名前の両肩を掴んでいた。


「名前…、私、あなたになにかしましたか…?」
「え…」
「私が知らないうちに、あなたを傷つけてしまっていたのでは」
「え、と、とき、」
「それか…、………あなたが私に愛想を尽かしたか…」


一番考えたくなかった選択肢だ。もし彼女から見放されてしまったら、どうすればいいのだろう。
あんな幸せを知ってしまったら、今までとはまるで真逆の、光のない生活になってしまう。
拒絶ほど辛いことはない。
彼女を失うことが、私にとってどれだけ辛いことか…。


「もし私が、」
「ちがう!ちがう、よ…」
「名前、」
「トキヤくんはなにもしてない…」


尚も彼女は涙を流すので、指てその涙を拭ってやる。
すると、彼女の指が私の手に触れた。優しく私の手を包んでいく手の平を見て、私が考えていたことはどれも違うだろうという結論に辿り着く。
「この前、友ちゃんに言われたの…」
「…?」
「まだセックスしてないの?って…」
「…え、」


渋谷さんはなんてことを名前に吹き込んでいるんだ、と少々怒りが込み上げてきたが、彼女の口からセックスという単語が出てきたことのほうが驚きだった。
まだ涙を浮かべる瞳を揺らして、彼女は続ける。


「わ、私…トキヤくんとそういうことするって、考えたら、やっぱりこわくて…」
「……」
「大好きなのに…なのに、怖くて、怖くて、トキヤくんのこと見れなくてっ」
「…名前…」
「でも、私たちもう半年になるし、やっぱりトキヤくんもそういうことしたいのかなって思って、考えて…、でもやっぱり怖いの…。なにが怖いのかもよくわからないのに、とにかく不安で、泣きそうになっちゃうの、怖いの、わたし、こんな私だったらトキヤくんに、見放されちゃうかもしれないって、愛想着かされちゃうかもしれないって…っ、うう…っ」


言いようのない恐怖に震えていたのか、この小さな体は。
わんわん泣く彼女は、私の手を強く握っていた。
その名前の内情を聞いた私は、どこか心が晴れたようにすっきりしていた。
彼女には悪いが、やはり私がなにかしたわけではなかったのだ。


「…名前、大丈夫です、顔を上げて」
「ふ、ひっく…」
「よしよし…一人で苦しんでいたんですね」


名前を落ち着かせるために、ゆっくりした手つきで頭を撫でる。
彼女はそっと私を見上げた。眉が下がって、怒られた子どものようだ。


「安心してください、私はまだ、そこまでのことはしません」
「へ、」
「あ、いえ、したくないわけではないですよ。ただ、私はあなたの気持ちを優先させたいのです」
「…トキヤくん…」
「それに、こういうことは合意の上でなければ、本当の意味で成功しないでしょうし」
「……」
「なにより、私はあなたが大切ですから」


涙の後がついた頬に、キスをする。
嫌がられなかった。そのことがとても嬉しくて、逆の頬にも、額にも、順々にしてしまう。


「…落ち着いたみたいですね」
「う、うん……」
「よかった…ああもう、こんなに泣いてしまって…。せっかくの可愛い顔が台なしですよ…って、あなたは泣き顔も可愛いんですけれどね」
「えっ」


もともと赤かった顔が更に紅潮したのを見て笑えば、名前は見ないでといったように顔を背けた。
その頬にまたキスをすれば、風邪が移るからだめ、と制される。


「…名前、あなたとはこれからも同じ時間を共有して生きていけると、私はそう思っています」
「えっ」
「だから、無理にすべきことを早くやる必要はありません。私たちは私たちたちのペースで、私たちらしく進んでいけばいいんです」
「…うん…、ありがとう、トキヤくん」
「いえ、それより」
「?」


彼女の頬をむにっと摘んだ。
痛いようでまた涙目に戻った彼女の瞳。


「私はとても悲しかったです、あなたに避けられて」
「ご、ごめんなさ」
「2週間も」
「あ、あの、えっと、」
「…だから、なにかあったらちゃんと私に言ってください。一人で抱え込まないで。あなたには私がいるんですから。前にも言いましたよね?勝手に暴走されては私の方が困ってしまいますよ。もう隠すのは、なしです」


華奢な体を、強く強く抱きしめた。
たくさんの愛してるを込めて。
これ以上には密着できないほど、強く。


「…ありがとう、トキヤくん…」


彼女の手も、私の背中に回された。
風邪なのでいつもよりも弱々しいが、確かに抱きしめ返してくれている。


「あの、ね…」
「…どうしました?」
「わたし、ちゃんと言ってないかなって、思って」
「?」


少し体を離すと、真っ赤な顔で見上げてくる愛しい人。
一度目を伏せ、深呼吸の後、私を見つめて笑顔で、


「トキヤくんのことが、好きです」


名前からの初めての正真正銘の告白。
不意打ちのそれに、今までに感じたことのない幸福でいっぱいになる。
出てきた涙は、彼女の指がそっと拭ってくれた。



ラブソングの
作り方




この半年間、私はあなたのいろいろな部分を見てきました。
あなたは意外と弱い人間で、すぐに一人で抱え込んでしまいますね。
きっと、これからもこんなことはたくさんあるのではないでしょうか。
でも私は、あなたのそういうところが嫌いではありませんよ。
だから、どんなことでも私に伝えてください。
それがもし私にとって不幸なことでも、あなたが不幸になるよりはずっといいです。
そして私は、あなたが私を好きでいてくれる限り、何があってもあなたを嫌いにはなりません。

愛しています、名前。
やっと、あなたをつかまえました。






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