ここ1週間ぐらい、トキヤくんとはHAYATOのお仕事が忙しくて一緒にレッスンをすることが出来なかった。だから私はいつもより、テレビを見ることが多かったのかもしれない。だって、トキヤくん(実際にはHAYATOだけど)が見れるから。彼が頑張っている姿を見ていたら、私も頑張れそうな気がして。

でも、どうしてだろう。トキヤくんが私じゃない誰かと笑い合っていたり、密着するシーンがあったり、隣に座っているだけなのに。まるで私がいるはずの場所を誰かに取られたような感覚を覚えては、たびたび苦しくなる。実際に取られたわけじゃないのはわかってる。でも、それでも今私が今現在手に入れることの出来ない『トキヤくんの隣』という権利を、私じゃない人が手に入れていることが悔しかった。
それは紛れも無い嫉妬だということは、もちろん、わかっている。



「すみません…今日も収録で…番組、見てくれましたか?」


トキヤくんからたまにくる電話やメールは嬉しかった。ちゃんと私のことを忘れないでいてくれてるんだなって思えて、胸のつかえが少し解かれる。


「…名前?」
「あっ… お疲れ様、トキヤくん」
「…なにかありましたか?」
「え?なにもないよ!それよりテレビ見たよ、今日も頑張ってたね!HAYATOかっこよかったよ!」


番組を見た感想を話して、トキヤくんがあそこはああだったとかこの人がこうだったとか…そんな話をする。トキヤくんの声はとても落ち着けるし、楽しいはずなのに…なんでだろ、なんかへん。


「…ましょう」
「え?」
「おや、電波が悪いんでしょうか?明後日の夕方は時間があるので、一緒にレッスンをしましょう」
「あ、う、うん、わかった。じゃあまた、お仕事頑張ってね」
「…ええ。おやすみなさい」


通話をオフにする。ふう、大きなため息が口から漏れた。
トキヤくんの話、全然頭に入ってなかったな…、せっかくかけてきてくれたのに…。

楽しいはずのトキヤくんとの電話は、あまり楽しく感じられなかった。むしろ、先ほどよりももやもやが大きくなってしまった気がする。
布団を被って、少しだけ泣いた。こんな姿、トキヤくんに見られるわけにはいかない。知ってしまったら、呆れられて、嫌われて、さよならされるかもしれない。
そんなの、堪えられない。
早く、早くこんな気持ちなんて収まってしまえ。





「名前、久しぶりですね」
「うん、おはよう」
「…すこし痩せましたか?」
「え、そんなことないよ!それより、放課後のレッスン楽しみにしてるね」


久しぶりに教室でトキヤくんを見た気がした。…いや、確かに久しぶりだ。一週間以上彼は学校に来ていない。


見える風景は今までと同じように戻ったのに、なんでだろう。
私の胸の奥のもやもやは晴れることはなかった。
授業と授業な間の休み時間中、トキヤくんが少し隣の席の女の子と話をしていたり、声をかけられているだけでもやもやが増してきてしまう。
嫌でもその光景が目について、そして離れない。気分が悪い。




「名前、レコーディングルームに行きましょう」


帰りのホームルームが終わり、トキヤくんが私の机の傍まで来る。机に伏せていた顔を上げると、トキヤくんがふわり、微笑みかけてくれた。
その瞬間に、今までにないぐらい心臓が締め付けられて、どうしようもなくなる。


「名前!?」


椅子が倒れるほど勢いよく立ち上がり、トキヤくんに何も言わずに教室を飛び出した。 つらい、こわい、いたい。
トキヤくんから逃げるように、走って走って走って、自分の部屋まで逃げた。
鞄も携帯電話も、教室に忘れたまま。でもそんなこと、今は考えられる余裕なんてない。


「はぁ、はぁ…っ、う……」


ドアの前に崩れるように座り込む。その瞬間に涙が溢れてきた。まるで今まで溜まったもやもやが、これ以上汲み取っておくことが出来なくて零れてしまったように。


「っふ、っひっく、うぅ…っ」


涙はどんどん流れてくる。私の制服のスカートや床に何個もシミを作って、そして私の心にもシミを作っていくようだ。その汚いシミは、ちょっとやそっとじゃ綺麗にならない気がした。
私ってひどい。トキヤくんはなんにも悪くないのに。そんな彼から逃げてしまうなんて。


「ぅ、ふ…っ、ぐずっ」
「名前!」


ドンドン。ドアが叩かれる。その後にすぐ、容易くドアが開かれた。
そういえば、部屋に入ることに必死で鍵をかけていなかった。


「名前…っ、何かあったんですか…?」
「っ…う、や、やだ…来ちゃやだ…」
「……、」


トキヤくんが、悲しい顔をした。私が拒絶したからだ。
私のせい。彼はなにもしてないし、私のことを追いかけて来てくれただけ。
そんな優しい彼を傷つけるようなことをしたのは、私以外に誰もいない。


「ちが…っ、私が、悪い…の…っ」
「何を…」
「ごめんなさい…ごめ、なさ…」
「…名前…」


伸びてきたトキヤくんの腕に抱きしめられた。強く強く、私を抱きしめて離さないその腕。まるで私が崩れ落ちないように、トキヤくんが今までにしたこともないような強さで。
トキヤくんは少し震えていた。私の涙は、彼の肩も容赦なく濡らしてしまう。
止めようとしても、やっぱり止められない。しばらくぶりに彼のぬくもりを感じて、すっかり弱くなってしまった私の心が震えている。


「と、きや、く…だめ…っ」
「だめじゃない…あなたがこんなふうに泣くなんて、私が関与していないはずがない…」 「う…っ、やめて…」
「やめません!」


大きく紡がれたその言葉も、少し震えているようだった。
トキヤくんは抱きしめていた力を少し緩めて、私の背中をゆるゆるとさすり始める。そのあったかい手の平に、強張っていた身体から力が抜けていった。


「……嫌わ、ない…?」
「なるわけないですよ…」
「トキヤくん…わたし…私だめな子だよ…トキヤくんの彼女にふさわしくない…」
「そんなこと…」
「だって…私…嫌だったの…っ!トキヤくんが、女の子と楽しそうに話してたり…仲良くしてたこと…!お仕事だってわかってるし、別にトキヤくんに変な気持ちないってわかってても!でも…っ、私じゃない人とだなんて…っ」


ただの嫉妬、ただの我が儘。どうしてこんなに貪欲になってしまったんだろう。いつも心配をかけないように、そんなふうにお利口でいようと思っていたのに。
彼と釣り合うような人間になりたいって、そう思っていたのに…。


「名前…」
「もうやだよ… こんなに嫉妬しちゃう自分が、嫌だよ…トキヤくんに見合わない…っ」 「…ありがとう」
「……… えっ…」


彼は私を抱きしめていた腕を緩め、その腕を私の両肩へ。そして視線を同じ高さにして、はふわりと微笑んだ。


「… どうして?」
「だって、それほどまでに私を想ってくれているということでしょう?」
「え…」


トキヤくんが言っている意味が、よくわからない。
私は、まだ私の中の問題が全く解決していないのに、なんでトキヤくんだけはこんなに暖かい表情をしているんだろう。


「… 私は、あなたが私に遠慮して付き合っているのではないかと…そう考えてしまうことが何度かありました」
「そ、そんな…」
「でもあなたは、嫉妬するほど私に夢中になっていたのですね」


私の頬に手を添えながら、トキヤくんは落ち着いた表情でそう言った。まるで、なにかのドラマのワンシーンみたいに。でも違う、彼の眼差しは愛で溢れている。まっすぐ私を見つめて。


「私…好きになってあげたんじゃないよ……」
「ええ…そうですね、ありがとうございます」
「でもっ…嫉妬してトキヤくんに迷惑かけたくないよ…それとこれとは別だもん…」
「まあそうですが…しかし」


くすっ。トキヤくんがどこか楽しそうに笑って、一度目を伏せた。
次に私を見たとき、少し困ったような微笑みを浮かべて、そして私の額にキスをした。


「あなたは少し、我が儘になってもいいと思います」
「…どうして?」
「その方が、私自身が必要とされていることが実感できるからです。それに…私は極度でないなら束縛されることは嫌いではありませんよ」


先程とは違い、緩く抱きしめられた。トキヤくんの肩におでこをつけて、彼に包まれる。 彼の全身から、私への愛が伝わってくるようだ。満たされて、今まで考えていたことが全部遠いもののように想えてくる。


「だから、会いたいときは会いたいとか、ちゃんと言ってください。まあ…その願いを聴き入れることが出来ないときもありますが…、我慢することはよくありませんよ」
「…でも…」
「返事は?」
「は、はい」


反射的に肯定の返事をしてしまった。トキヤくんは満足したように、よろしい、と一言。私は自分の意思じゃない返事をしてしまったことに不満が少しはあったけど、トキヤくんがそれでいいのならいいことにしておこう。



涙の理由




「…トキヤくんも、私に我が儘言っていいからね」 「ほう…」 「えっ、あ、いや、変なのじゃなく!」 「ふむ…変なの、とはなんでしょうかね…」 「も、もう!!」 トキヤくんの我が儘は遠慮しておいたほうが良さそうです。






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