瞼がこんなに重いと感じたことは、なかった。ようやくの思い出瞼を開ければ、まぶしい光が目に飛び込んでくると共に、身体中に痛みが走った。マフィアを爆破した後の傷の痛みに似たそれ。
ここはどこだ、ただ見える天井は白く、白熱灯は機能していなかった。昼の明るさ。清潔な匂い。紛れもない病院だった。
身体を少し動かすと、自分の皮膚に付けられた機器のコードが揺れる。随分と派手なものだ。左に視線をやれば、赤毛が俺と同じ状態で寝ていた。ああ、マットも生きていた。
「おはようございます」
聞き慣れた声が聞こえたと思ったら、白髪が無表情でこちらを見ていた。
「……ああ」
「と言っても、あなたは随分と眠っていましたね」
「…どれぐらいだ?」
「26日から考えると、今日で18日目です」
「……」
「お陰で名前は随分とやつれてしまいましたよ」
と言って、俺の右を指さした。うつぶせになって寝ている、見慣れた茶髪。こいつ、こんなところで。手を伸ばそうと動かしたが、俺の手は動かなかった。
名前の白い手が、俺の手を握っていたのだ。
「……こいつ、ちゃんと食べたりしていたのか?」
「なわけないでしょう、睡眠すらろくにとれていませんでした。今は5日ぶりにようやく眠れているようですが」
見れば、記憶にあった名前の細い腕は更に細くなっていた。これじゃあ俺以上に生きていられるのか不安になるな。
とりあえず寝かせておこう。さすがにうなされれば起こそうとは思う。でも、今は俺の目覚めを知るよりも、名前は睡眠をとった方がいいに違いない。だって、名前の目が覚めたとしても睡眠が足りないあまりに思考回路が働かなくて、俺をちゃんと認識しなかった、なんて馬鹿な話は俺だって嫌だ。
メロがいる夢を見た。
でも彼の顔とかがでてきたわけじゃなくて、ただ、彼の暖かい手が私の頭を優しく撫でてくれていた。その心地よさだけで、世界はどうでもよくなってしまう。こんなにあったかい夢を見るのは、すごく久しぶりだ。
なんせここのところ寝ていなかった気がする。メロの顔ばかり見て、もうすっかり涙のでなくなった目は逆に乾燥していた。別に私はドライアイだなんて診断されたことは一度もなかったのに。
だから、ニアに頼んで目薬を買ってきて貰った。この18日間で、3本の浪費。こんなに目薬ばっかりつかっていたら、逆に目に良くないかな?
夢うたたにこんなことを考えていたら、私の意識は現実に引き戻されていった。ああ、耳にはメロの心臓が電子音で聞こえる。よかった、生きてる。つないだままだった彼の手をぎゅっと握る。すると、
「…?」
今確かに、ぎゅって、なんか、
「起きたか?」
世界はまた色づき始めました。
メロウリーメロディー
「メ、ロ……」
「おはよう」
確かに、彼のグレーのかかった青い目は、私を見ていた。
ああ、なんて幸せなんだろう。こんなに幸せなこと、今までなかったよね?私の視界はぼやけて、涙が彼のシーツにシミを作ってしまう。こんなにまだ涙があるんだったら、目薬なんていらなかったね。
私はどうしようもない嬉しさがこみあげてきて、彼に抱きつくことも伏せて泣くこともかなわなかった。それぐらい、どうしていいかわからなくて、ただメロの手がゆっくりと私の頭を撫でる。
それすらも、私の涙の原因にしかならなかった。
「すまない」
「ほ、ほんとによ」
「悪かったな」
「メロのせいで、生活に支障が出た!」
なんて、可愛くない私。でも今はこうやっていないと、涙はいっこうに止まらない。いや、今も止まっていないけれども。
「ありがとう」
なんて、あのメロの口から紡がれた言葉。なんでこんなときにそんなこと言うの。
メロは私の手をそっと取ると、甲にふれるキスをした。英国紳士はこれだから困るね、でも彼はドイツ人らしい。けれども私にはそんなことは関係なくて、今彼が生きていることのほうが重要すぎる。
私の思考がようやく追いついてきたので、ぎゅっとメロを抱きしめると、小さく痛いと皮肉を言いながらもメロが抱きしめ返してくれた。
「…、キラ事件は、」
「もうとっくに解決したよ」
「………そうか」
「ニアがメロのお陰だって」
メロはちょっと複雑な顔をしたけれど、すぐに私を見ると優しく微笑んだ。こんな顔、数えるぐらいしか見たことない。
胸がすごくいっぱいになった。今までしばらく感じていなかった、食欲とか睡眠欲が一気に沸いてくる。やっぱりメロは、私の生命維持装置のようなもので、神様なのだ。
私たちはしばらく見つめ合った。そこに会話はなかった。
でもそれでよかったの、今はそれしかできなくて、それが大切だった。時折私が笑うと、メロは金髪を揺らした。
その金髪も、手当のために少し短くなってしまったね。でもそれもすごく似合うよ。
そんなことを考えていると、唐突にメロが口を開いた。
「そう言えば、マットは」
「ああ、マットなら3日前に目覚めたよ、というか今は起きてないの?」
「なんだいメロちゃん、そんなに俺のことが心配だったのかい?」
「あ、起きてた」
「もー2人してらぶらぶしてるからさ、俺が口を挟むところなくて」
「早く別室に移動してもらえないのか」
「看護婦さんに聞いてくるね」
「え、ちょ、名前いいから!メロも目覚め早々そんなひどいことを!」
やっぱりあなたがいる世界じゃないと、私は幸せになんてなれそうもないよ!
(2010/01/26追悼・心よりお悔やみ申し上げます)