「…っん…」
「ふ…んっ、っはぁ…」


唇と唇が離れる。互いの唾液が混ざり合って、名前の口元を濡らしていた。そこを拭ってやると、涙目の名前が上目遣いに見つめているのに気づく。


「…どうしました?もっと欲しいんですか?」
「えっ、え、い、いや」
「物足りなさそうな顔をしていますよ?」
「ち…違…」


しどろもどろになりながら、顔を赤らめる姿がなんとも愛らしい。
女性に対してこういった感情を持つのは、実は初めてのことだ。今まで恋人という存在がいたこともあったが、どれも私が好き好んで関係を持ったわけではなかった。
愛のあるキスがこんなにも幸せに溢れているだなんて。これが人間のいわゆる有るべき姿、本能、恋をする理由のひとつなのか。


「ほら、顔を上げてください。私を見て」


いつの間にか名前が顔を伏せてしまっていたので、その頬に手を添えてゆっくりこちらを向かせる。
私を見上げた彼女の瞳にはもう涙は見えなかったが、頬は変わらずに赤く染まっていた。そこにキスを落とすと、小さな声をもらして名前の体が強張る。


「ふふ、大丈夫ですよ、取って食べたりしませんから」
「う、う…」
「それとも、取って食べられたかったんですか?」
「そ、そんなわけじゃ!」


私と距離をとるように、名前が少し後ずさる。と言っても今私達は彼女のベッドの上に座っているので、そこまで差は開かない。しかし、なんというか、その行動が少々カンに障ってしまった。虐めたいという衝動にかられる。


「ほう…逃げるわけですか」
「え、あ、あのっそのっ」
「いけない子ですね」


彼女の唇を先程のように塞ぎながら、静かにベッドに倒す。驚いたように私の胸を押すが、私はそんなこと知らないかのようにキスを続けた。フレンチキスだったのがディープキスに変わったところで、名前の腕の力が強くなる。流石になにかを拒否しているのがわかったので、唇を解放してやった。
すると先程のように快感からの目の潤みではなく、完全に不安感からの潤みを持った目で私を見つめていた。


「…名前?大丈夫ですか…?」
「っ、うっ…」
「えっ、な、泣かないでください…すみません、やり過ぎました」


彼女が瞳からぽろぽろと雫を零しはじめたので、私は柄にもなく焦ってしまった。組み敷いていた彼女の隣に横になり、そっと頭を撫でてやる。少しか安心したらしく、私の胸に頬を寄せてきた名前を包むように抱きしめた。


「落ち着きましたか…?」
「う、うん…ごめんなさい…」
「いえ、私の方こそ…」
「私、実は…トキヤくんが初めてお付き合いする人で…」
「…え?」
「あっ、いや、正確に言うと音也くんが、」
「そ、それはわかっています」


私の想像していなかった事態だ。彼女は早乙女学園に入学する以前にも、恋人がいたと勝手に思っていた。そんな確信があったわけではない。ただ名前が自分から音也に告白した時点で、彼女は恋愛に対してそこそこの行動力はあるものだと思っていたのだ。私の勝手な勘違いである。


「…ちゃんと両思いで付き合うのは、トキヤくんが初めてだから…」
「……」
「…トキヤくん…?」
「す、すみません、その……嬉しくて…」


今の緩んだ顔を見られたくなくて、ぎゅっと名前を抱きしめた。背中に回った手の感覚を感じて、もっと愛が溢れてきてしまう。幸せすぎて、パンクしてしまいそうになる。


「私は、あなたが既に男性とそこそこの経験があるものだと…勝手に思い込んでしまっていたみたいで…」
「えっ、な、ないない!」
「すみません…これからは、ゆっくり距離を縮めていきましょうね」


額にキスを落とすと、安心したような表情で名前が微笑んだ。愛おしくて更に頬にもキスをすると、名前も私の頬にキスをしてくる。その自然な流れに大切なことを見落としてしまいそうになった。


「…名前からキスをしてきたのは…今が初めて、ですよね」
「あっ、そ…そういえば…」


未だに彼女からのキスはされたことがなかった。いつしてくれるのかと待っていたのだが、なるほど、彼女に男性経験がないということは自分からキスをするのも恥ずかしかったということだ。
音也から、キスすらしてないというのは聞いていた。だがその前に恋人がいたとなれば、ファーストキスはすでに、ということだ。


「…ということは、もしかしなくてもファーストキスは私と、ですか?」
「……うん」


頬を赤らめながらそう答えた名前。また私からキスをしようと顔を近づけたが、手前でそれをやめて顔を離した。疑問を浮かべる彼女に、


「あなたから、私の唇にキスをしてください」
「え!」
「できませんか?私はして欲しいですが…」


そう言えば、またみるみる顔を赤くしていく。私は目を閉じて、彼女に委ねるように待ち構えた。


「まだですか?」
「恥ずかしいよ…」
「大丈夫ですよ、私は目をつむっていますから」


さあ、どうぞ。なんていう私に、意を決したのか名前の顔が近づいてくるのを感じる。 小さな唇が私の唇に触れ、そして間もなく離れた。まあ、ここまで出来れば合格です。 私は彼女の後頭部に手を回し、離れたばかりの唇を追うようにキスをした。


「…んっ、んうっ!」
「っはぁ、っ、っちゅ…ん、」


深い深いキスをする。薄く目を開けると、色っぽい顔をした名前が見えた。私に答えるように必死に舌を絡ませ、そして切なく吐息を漏らす。
私の方が堪えられそうにない。このままこの状況を続けていけば、先程の『ゆっくり距離を縮めていく』という約束が早速なかったことになりそうだ。そんなことをしては嫌われかねないので、名前の唇を離して彼女を起き上がらせた。



アンダンテの
速さで







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