キーボードを打つ音。たまにチョコを割る音。寒い冬だから毛布を羽織って、メロは今日も仕事ばかり。
でもなんかね、朝起きたときから彼の気分はいつもよりもいいみたいで、ちょっと浮かれ気味。といっても、メロだからそこまでるんるん気分なわけじゃない。でも私にはわかるんだ。今日はなんだか楽しそう。
手に持っていたチョコを食べ終えたメロは、冷蔵庫に向かった。毛布がばさりと落ちる。
さすがに長袖の服を着たらどうなのかな?その白い腕は見ていて凄く寒いよ。メロは冷蔵庫をぐるりと見渡しただけで、ぱたりと扉を閉めた。どうやらお目当てのものは見あたらなかったらしい。またいつものように、“おい名前、チョコが切れた。いつものを買いに、
「チョコが切れた。買いに行ってくる」
「…え、ああ、どうぞ、行ってらっしゃいませ」
「…なに動揺してんだ、変なやつ」
まさか、嬢王様が自らお店に出向いてチョコ買い占め?いつもなら考えられないその行動。
ほんとに、彼が自分でチョコを買いに行くなんて、仕事の帰りとかじゃないと今まではなかったのに。こんなわざわざ、暖かい家を抜け出して買いに行くことってどうなの?やっぱり今日は気分がいいみたい。
ブーツを取り替える背中がるんるんしているみたい。でもでもやっぱり彼はメロなわけだから、スキップまではしてくれない。スキップならマットが上手だと思うわ。
メロが玄関のドアをばたんと締めたから、私は窓の外に目をやった。しばらくすると、メロがポケットに手を突っ込んで、白い息を吐きながら歩いているのが見える。
メロと白い息がこんなにも似合うのはどうしてなんだろう。近づいてきた黒い野良猫の喉元を撫でてみたりしちゃって、どうしてそんなに今日は楽しそうなの?大きな仕事が終わった?マットが期限通りにファイルを上げた?メロは仕事の話はほとんどしてくれないから、一体何があったのかなんて見当も付かないわ。
ガチャリ、とドアが開いた。メロが頭に少し雪を積もらせて、袋いっぱいにチョコを抱えて帰ってきた。見ていたファッション雑誌を横に置いて、
「おかえり」
「ああ」
いつもの返事のはずなのに、今日は上機嫌ね。知ってる?メロの返答の早さで、彼の期限が伺えるのよ。マットも勿論知ってるはず。
ふと目をやると、メロがチョコを入れた袋とは別に、袋を持っていた。なにか美味しそうなものでも見付けたのかしら?
「メロ、それはなに?」
「目に付いたから」
と言って、私に差し出してきたそれは、明らかにケーキ屋さんのケーキを入れる箱だった。サイズは小さめだったけれど、とっても可愛いラッピング。
今日はそんなにいいことがあったの?皿を出しに向かったメロを横目に、箱を開けてみた。綺麗な形のチョコレートケーキ。しかも、ホール。ああ、そうか。私はこの瞬間に全てを悟ったわ。
今日はメロにとって大事な日だっていうこと。私たちにとって、偽名以外のことを共有するのはタブーとされてきた。だから生まれた日だって勿論知らないわけで、教えもしない。
メロだって、私の生まれた日を知らない。彼が変に調べていなければね。メロは別に、私に今日が誕生日だと言葉で言った訳じゃないから、私は「今日誕生日だったの?」なんて馬鹿なことは聞かないわ。でも今日はメロの誕生日なわけだから、馬鹿みたいに騒いであげる。プレゼントはキスで十分でしょう?
ラブ・ファクトリー
(ハッピーバースデイ、メロ!)