Stolz

 スティングレイ・メッサーシュミット(Stingray “STOLZ” Messerschmitt)曹長は英国からの留学生だ。彼の知る限り、同郷の留学生はおおい。例えば特別留学プログラムの司令部情報参謀、T=A・ローレンス(Takeomi = Alfred "SCHREIBEN" Lawrence)大佐などが該当する。しかしストルツは母国を英国としながらも、使用する言語は母方のドイツ語であり、また、物心つくまではドイツで暮らしていたために、英国人たちとのローカルトーク――そもそも英国はおおよそ四つ派閥に分かれているので英国人同士でも……――を楽しむことができないので、あまり英国人たちと会話をしたこともないのだが。
 鮮やかな金髪を短く切りそろえ、高く澄み渡る夏の空のような青い瞳、くりくりと可愛らしい童顔に、白人らしい若い赤みがはじけるような肌に、180センチの日本人とは遺伝子が違うのだと示すような、若干16歳にして恵まれた体躯。外見だけでなく、もちろん作戦遂行能力だってそこいらの人間よりも優れていると彼は豪言する。
 彼はシュライベン大佐とは別の特別プログラムの生徒であり、配属される部隊も一般的な訓練生部隊でもなく、特別留学生部隊でもない。その名を「Japan public Imperial Special Student Service army」と呼ばれる少人数先鋭部隊、通称「SSSレジメント」
 ストルツは日本の学生たちにたがわず、ドイツで学生軍人をしていた。当時の階級も変わらずに曹長。一個部隊を率いる期待の先鋭、そして激戦区日本でもその力を示してもないかと上官に推薦され、英国からのほうが都合がよいと様々な手間を済ませ入隊したのが、SSS。勿論、期待の先鋭だと歓迎されると信じて疑っていなかった。
 来日、入隊して早々、隊長であるラントヴィルト(Chiharu “LANDWIRT” Kyokkou)大尉にファインダーに挟まれた資料と実物を見比べながら「ごきげんよう、スティングレイ・メッサーシュミット曹長。オレはSSSレジメント、隊長の極光智晴だ。日本語は話せるか? ……ほう、コールサインをすでに持っているのか。――ストルツ(誇り)?」と言われ、すぐさまドイツ語で「誇りとは、また……。――ハッ、クソふざけた名前だな」と鼻を鳴らされるまでは。
 戦場から帰還したばかりだというこのラントヴィルト大尉は、バラクラバとシューティンググラス、ヘルメットはもちろん、装備も解かないままファインダーを適当なテーブルの上に放り投げると、引きつった表情で敬礼を続けるストルツに「後日貴官と同じ新顔共がそろう。それまでは自由に過ごすといい、曹長。例えばオレは風呂だ、日本の風呂はいいぞ、曹長。――ではな」と冷たく告げた。手厚い歓迎とは到底いいがたい。
 「英国ハーフ、俺もだよ。混血同士、どうぞよろしくニューフェイス。悪いね、大尉、口は悪いけど悪い奴じゃないんだ」更に頬を引きつらせたストルツの肩を叩き、やはりドイツ語で気さくに告げたのは、SSS副隊長のバローン(Utatu “BALON” Tenrai)中尉だ。
 頭部の装備をシューティンググラスだけを残してとりはらい、さっぱりとした、鋭さと茶目っけをのぞかせる切れ長の瞳をストルツに向けた。バローン中尉は「――じゃ、また」そういうと、すぐにラントヴィルト大尉について、他の隊員たちもゾロゾロとその場からいなくなってしまった。
 (……ラントヴィルト(農夫)だって?)
 ストルツは僅かなむずかりを感じながら鼻を鳴らした。
 (ふざけてるのはそっちじゃないか!)

 それから色々、揉まれ蹴られ時にラントヴィルト大尉を恨みながらも、徐々にストルツはSSSでも通用する程度に叩き上げられ、ラントヴィルト大尉とバローン中尉は彼の憧憬の的になっていった。

 自主訓練を終えた後の廊下で、流石に幸せなことに暇だからと訓練に励みすぎてへとへとだ、と目を伏せため息をついた時、「落としましたよ、SSSの……曹長」という声を聴いた。
 振り返るとストルツよりもおおよそ5センチ以上は背の低そうな生徒が立っていた。ストルツに負けず劣らずの可愛らしい顔立ちで、どこか日本人離れした雰囲気だ。クリクリとした淡い茶髪と、似た色の瞳が穏やかにストルツを捉えている。一般的な訓練生の制服を皺もなく汚れもなくきっちりと着こなしているが、両脇のホルスターとレッグホルスターが見て取れた。後ろ腰の鞘には小ぶりのコンバットナイフが静かに収まっているのだろう。
 ストルツはソウチョウ、とSSSという単語は聞き取れたが、残念なことはまだあまり日本語が達者ではない。首をかしげると、生徒は「これ。落としましたよ、曹長」と今度は英語で言い直した。差し出されているのは、彼のタオルだ。ポケットに突っ込んでいたものが落ちたらしい。
 「えっと、ありがとうございます――」ストルツは彼の肩の階級表を見た。「――少尉」ストルツは敬礼をしてからそのタオルを受け取った。
 すると、彼は少しだけきょとんと眼を丸くしてから、すぐに、ふふ、と小さく笑い声を零す。それが不思議でまだ首をかしげると、彼は小さく手ですまないと先に示してから、「すみません。階級で呼ばれることが稀なもので……、すこし、嬉しくて」とはにかんだ。
 はて? 尉官ならば割合、階級付きで呼ばれることも多そうなものだが、とストルツは思った。首が子犬のように回されている。
 それが面白かったのか、また彼は小さく笑った。けれどストルツにしてみれば、同性にこういうのもおかしな話だが、その様子が可愛らしくて、なんとなくではあるがきっと同学年だろうとストルツは思った。上級生が持つような荒んだ目をしていないし、顔立ちもこんなに幼いのだから。一年で尉官というのも、さして珍しいものではない。
 「あ、すみません、僕はワタル・アダチ少尉、よろしくお願いします。君と同じ、留学生です」彼は軽く頭を下げながら名乗った。名前から日本人あるいは日系であることは分かった。
 ストルツも日本式だな、と思いながら敬礼ではなく、頭を下げ「スティングレイ・メッサーシュミット曹長です」と名乗った。「どこからの留学ですか?」とも好奇心に尋ねて訊ねてみた。
 「合衆国です。特別プログラムには入っていないので、本当にただの一生徒と同じですよ」アダチはそう答えると「君たちSSSの活躍は、僕たちも聞き及んでいます。君たちが居なければ、日本は大変な苦労をしているでしょうね」と続けた。
 確かに、SSSは正規軍と学生軍の手からあぶれた、学生では手に負えないような高難度任務をこなすこともある。時にコストパフォーマンスの関係で日本から飛んで外国で雷管を叩きまくることだってある。
 「きっと神が使わしてくださったのでしょう」
 おっと変な言葉が出てきたぞ。
 けれどすぐに合点がいった。彼の小脇に抱えている本に、十字架が見て取れたのだ。おおよそこの生徒は信仰心篤く、ともすれば、従軍牧師や司祭の可能性も……なきにしもあらずだ。
 (牧師って何歳からなれたっけ……あ、でも腕に保護資格者の徽章がないな……。熱心な人だ)
 「合衆国もうかうかしていられませんね。新しいレンジャーの発足も噂されています。僕達も外部の人間ですが……君たちの働きは素晴らしい」
 「お褒めにあずかり光栄です。でも俺は信託とかを受け取ってきたわけではないですよ」
 すこしトゲのある言い方だったか、とストルツはアダチの様子を伺ったが、気を悪くした様子はなかった。むしろ、真摯な瞳を向けてきている。ストルツは決して神を信じていないわけではないが、SSSのすべての行いが、神の計らいのもと当然のことだというように言われるは、少し癪だった。死んでいった同期は、決して少なくはない。
 「自分の意志でここにきて、自分の意志で引き金を引いています」
 アダチは深くうなずき、「ええ、しかし、すべてがあなたの意志ではないはずです。いまここで僕に声をかけられたことなどね」そう微笑んだ。
 「……俺の意思で訓練をしていた結果です」
 「うん、そう思うこともできます。それも神の思し召しです」
 ――敵わないな、とストルツは苦笑いをした。アダチは変わらず微笑んでいたが、どこか悪戯な笑みに見えた。片眉だけを器用に持ち上げて、ポン、とストルツの肩を叩いて「では、またいつか。信じたくなったらいつでも教会の扉を叩いてくださいね」と歩いて行った。


 「学生の従軍牧師っているんですか?」
 「ハァ?」
 「知らない」
 ストルツの質問に、ガラの悪い返事をしたのがラントヴィルト、肩をすくめて首を横に振ったのがバローンだ。
 二人掛けのソファに深く腰掛けたバローンの腿の上に長い足をなげだして、横になって本を読んでいるラントヴィルトは「従軍牧師と聞くたびに世も末だなと思わんでもない」と興味なさそうな声色でこぼし、バローンは「なあチハ――ラントヴィルドとバローンは幼馴染らしい。おたがい気の抜けた時間は、チハ、カツと呼び合うことが多い――、牧師って神学校でないといけないんじゃなかったか?」と構わず続ける。
 「知らん。オレは不信心」とラントヴィルトは小さく右手を掲げた。「俺は洗礼受けたよ」と続いてバローンが右手を上げる。「ハ? お前クリスチャンだったのか? 三歳からの付き合いで初耳だぞ」とラントヴィルトは眉を持ち上げたが、視線が本から持ち上がることはなかった。
 「いやお前その三歳の出会いがインターナショナル系の教会幼稚園じゃん」
 「……? 忘れた」
 「お前なぁ……」
 呆れたようなバローンを気にせずラントヴィルトは小さく喉を鳴らしている。あの鬼のような怒号と鋭い視線で射止め、躊躇なく的確な引き金を引くラントヴィルト大尉も、オフの時には普通の男とそう変わらない。
 「さっき話した人がなんか、従軍牧師っぽいひとで……多分同級生なんですけどね! 顔のかわいい、背の低い、ワタル・アダチ少尉! 俺あんまり同級生の知り合いいないからこれを機に――」
 「ああ、三年のプリーチャー(牧師)か。顔はいいな」
 「えっ」
 嬉々とした様子で嬉しそうに言うストルツに水を差したのはラントヴィルトだった。あっさりと彼は三年だと口にし、ストルツの言葉に同意を示した。バローンも深くしみじみした様子で「いやあの子顔はかわいいんだけど……」とうなずいている。
 ストルツはハッとしたように「あ、やっぱり牧師なんですね!」とそこだけ拾い上げた。「じゃあやっぱ学生従軍牧師……?」と首をかしげる様に、バローンが訂正をいれる。
 「違う、コールサインがプリーチャーっての。ややこしいけど」
 「あぁ……そういう……」
 いささかがっかりした様子のストルツにバローンはカラカラと笑うと「まあ中らずと雖も遠からずだ、あの子きっと将来従軍牧師だし」とフォローを入れた。
 「だがシュライベン大佐の猛犬だぞ、あれは。噛まれないようにしろよ」ラントヴィルトが本から視線を持ち上げ、前髪で隠れていない右目で悪戯にストルツを見た。「お前じゃ勝ち目がないかもなぁ」なんて喉を鳴らすのだ。
 「そ、そんなに強いんですか? あの人、隊長がそういうくらい……」思わず目を丸くしたストルツが喉を鳴らすと、今度はバローンが笑った。ラントヴィルトの片足を持ち上げ肩に担ぎながら「いやぁあれは、なんていうか、強いとかそういうんじゃないよな。迫力ある」とラントヴィルドを見やった。
 片足を担がれさらに深くソファに上体を預けたラントヴィルトはそのままぐでんと「ああ、すごかったな。あそこの夫婦喧嘩はポップコーンが欲しくなる。――アイツ、一年の時にシュライベンと喧嘩して腕とアバラを折ったんだが、まあその気迫」と頷いた。
 まるでヒーローショーを見た子供のように身振り手振り付きで「すごいぞ、シュライベンがプリーチャーを投げ飛ばしたと思ったら、机蹴り倒して起き上がって椅子掴んでタンマ無しで叩きつけるっていう」バローンが語ると、さすがのストルツも初めの、かわいい、おとなしそう、という印象とのギャップに青くなる。「ヒエッ……」と声が漏れた。
 「うちも犬をけしかけてみるか? 出番だぞストルツ」バローンの提案にラントヴィルトは「いいな……、ホットドッグでも売るか」と眉を持ち上げまた本へと視線を落とす。
 「か、勘弁してください……」
 「ま、おまえの意思があるなら、舞台セッティングしてやるぞぉ。娯楽もたまには必要だ。なあチハ」
 「ん? ああ、チュロスを忘れるなよ、あとタコスと、ナチョスと」
 「食べ物のことばっかだなお前」
 バローンの口から出た、意思、という言葉に、ストルツはすこしだけ目を丸くする。
 運命についてあまり深く考えたことがない。今こうやって尊敬する上官らとじゃれているのも自分の意志だが、運命付けられていたの事なのだろうか。シュライベン大佐が腕とアバラを喧嘩で折ったのも、自らの意思だったのだろうか。




 轟音が響く。
 これは20ミリ口径弾が、たった一秒の間に約10〜15発吐き出されている音だ。
 20ミリ、二センチの弾丸がいともたやすく肉を貫通し、骨を砕き、血管を破裂させ、人体を破壊して有り余る。一秒に10〜15発の弾丸は、その体を完膚なきまでに死へと追いやる。送迎ヘリに備え付けられた単銃身機関砲が隊員の三人をあっという間に死へと居たらしめている間に、ストルツは、ついさきほどまで一緒に背を預けて戦っていた隊員の一人が、ラントヴィルトに銃口を向けているのを見た。
 「隊長ぉおおおおおおお!!!」叫びながらアサルトライフルを構えて照準を合わせたが、それよりも先に相手が引き金を引く方が早かった。「ッヒィ」頭から血を吹き出し崩れ落ちる、ラントヴィルトの姿をその視界にとらえながらストルツは引き金を引いた。
 ラントヴィルトに銃口を向けていた生徒の肩と膝を打ち抜ぬいて、そちらに向かおうとして後ろから肩を掴まれた。「逃げるぞ!! 走れ!! ヘリの絨毯掃射でハチの巣になりたいのか!?」今までに見たことのない表情を浮かべたバローンがストルツを引き留めたのだ。
 「で、も、隊長が――」
 「黙れ。走れといったのが聞こえなかったのか、ここでお前が死んだら真実を暴くこともできないんだぞ! 俺もお前も、チハも! 覚悟は決めていただろう!」
 ――自らの意思。自らの意思で戦場にたって、味方の裏切りにあう。


 「副長! 俺は、ここに残ります、殿は任せてください」
 ――そうだ、自らの意思で戦場にたって、引き金を引いて、味方の裏切りにあい、ここに一人留まる。
 「ヘリはもう来れないでしょう、燃料にさほど余裕があるわけでもないし撃墜されたら損失がひどい、歩兵程度なら俺が食い止めます」
 ストルツの手と視線に震えはない。しっかりとバローンを見つめて、敬礼をした。握る愛用のコンスタンティンアームズ・ドッグレースR-LA型狙撃銃の12キロの重みは、心地よく、手になじんでいる。弾もまだ余裕がある。脇のホルスターには桝井春先イ回転式拳銃とコンスタンティンアームズ・カラベル102型自動拳銃もある。スローイングナイフだってあるし、爆薬だって残っている。
 「副長、おれ、俺は、あなたと隊長の下でSSSとして戦えたことを誇りに思います! おれのストルツは今日のためにあったんです!」
 しっかりとした視線を向けるストルツを、バローンは黙って見つめている。
 「副長、隊長の無念を、なぜこんな無体を働かれたのかをどうか、押し付けてごめんなさい、どうか暴いて、お願いします。あなた達は俺が必ず逃がす。それが俺の意思です!」
 いつものようなはっきりとした、自分の意志を感じさせる声。犬のようだと言われた顔を自らの敬愛する副官へと向け、ストルツは言い切ってから、唾液を飲み込んだ。
 「聞き届けた、ストルツ曹長。任せたぞ。君と戦えて本当に光栄に思う。そして、俺はSSSの誇りを忘れない」
 低い声でバローンはそういい、ストルツへと敬礼をした。そのまま「だからといって調子に乗るなよカス。――なんてチハなら言ったかもな」と眉尻を下げ、薄く笑みを浮かべる。「さらば戦友」そう言い残し、敬礼を続けるストルツに背を向け、生き延びた僅かな隊員をまとめて銃を構え彼らは去っていく。
 「……さきに、ヴァルハラにてまちます、ご武運を、みんな……」
 ストルツは最後にそう言い残してから、彼らと反対の方向へと、重たい荷物を引きずっていく。ここに留まるだけの装備。手際よく迎撃するためのプラスチック爆弾やクレイモア、狙撃ポイントを絞るなどの作業をこなす。時間はない。すぐさま敵は追いついて来る。
 スコープをのぞき込みながら、ストルツは吠える。

 “――初めにも言ったと思うが、ストルツだと。まったくクソふざけた名前だ。誇りなど知らないだろう。
 オレはオレのやり方で往く。つ入れ来れない奴は必要ない、基礎訓練でゲロにまみれた貴様の面倒を見ている暇はない。
 オレ達は先鋭部隊だ、先鋭部隊とはなにか。自らの意志をもってここに来たというのなら、その証明をして見せろ。
 この誰が始めたのかもわからない戦で、命の仇花を咲かせて見せろ。
 自らの銃を墓標とし、ここで死ぬ覚悟を決めろ。
 誇りを知るのはそのあとだ、マヌケ”

「俺の誇りをみつけました! 俺の誇りと意思はここにあります! ――レジメント万歳!!」
 銃声と爆音が響いた。それはすぐに聞こえなくなる。

 その後SSSレジメントは解体。逆賊の汚名をかぶせられ督戦隊に銃口を向けられることになるが、これはまた、別の話――。

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