夢ヲ見ル人

 激戦区であることも、全体的な生還率が低いであろうことも全て承知の上だった。だからこそ、先鋭部隊と呼ばれるSSSがこの任務を遂行するように言われたのだから。
 司令の極光チハ(きょくこう)は物陰に身を隠した。背中を壁に付け、残りの段数を確認する。――まだ余裕がある。その瞬間背中をつけている壁の端が敵からの弾丸により吹き飛ぶように割れ、極光のゴーグルを軽くたたいた。
 極光は銃撃がいったん止んだところで顔を出し、今まで壁を抉りに抉っていた射手を撃つ。一人沈めたことで声を張り上げそれを味方に伝える。彼の部隊は徐々に前線を押し上げて往っていた。ゆっくりとでも、確実に。
 けれどそれにしたって照らし合わせたかのように敵の数が嫌に多い。まるでここに来ることを知っていたかのようだった。だが、希望がないわけでもなかった。
 すでに戦闘ヘリがこちらに向かってきているのだ。ヘリや戦車、戦闘機を動かすのが難しい今の時世に、上がただ護送ではなく戦闘ヘリを回してくれたのは僥倖といえる。
「あと三分でヘリ到着!!」
 通信兵が皆に伝達した情報がインカムから流れてくる。勝機が見えた。ヘリが来れば敵は一掃されるだろう。

 きっかりと三分後、ヘリはやってきた。味方の歓声が聞こえる中、ヘリはその機関銃から火を噴かせ哀れな敵兵たちをハチの巣にしていった。
 今日も生き延びた、その瞬間といってもよかっただろう。
「最後まで気を抜くな!」
 そう言いかけた極光が声を詰まらせたのは、敵を一掃したヘリが方向をかえ此方を向いたからだ。大きな輸送型のヘリを兼ねている、そのヘリの搭乗口は後方にある。側面を向けるならまだしも、正面を味方に向けることは珍しいことといえるだろう。
 なぜならヘリが正面に何かを捉えたときは、大抵、
 轟音が響く。
 これは20ミリ口径弾が、たった一秒の間に約10〜15発吐き出されている音だ。先ほど敵を一掃したその音と全く同じ、殺戮の音。
 目を向けたときにはすでに三人の隊員の体に穴が開いていた。20ミリ、二センチの弾丸がいともたやすく肉を貫通し、骨を砕き、血管を破裂させ、人体を破壊して有り余る。一秒に10〜15発の弾丸は、その体を完膚なきまでに死へと追いやる。
 後ろでカチャリと音がして極光は振り返る。
 なぜだろう、その時に彼は、彼は誰かを思い浮かべたような気がした。そのぼんやりとした誰かがハッキリ像を結ぶ前に、視界に飛び込んできた景色にそれが吹き飛んだ。
 アサルトライフルの銃口を、極光の頭に向けている、同じ制服の隊員。当然見覚えのある顔だ。――極光が育てた後輩なのだから。
 ヘリに搭載されている単銃身機関砲の音よりも随分と軽い音がして、極光のゴーグルが砕け、糸が切れたように極光は膝をつき、重力に従い頭から倒れこんだ。血が急速い広がっていく中、彼は、彼の、名前を呼んだような気がした。




 真っ白な部屋。
 真っ白で、生命というものを感じない部屋だった。その白に紛れるように白衣に身を包んだ男が二人、部屋の中をゆっくりと歩いていた。
 そこにいる人間がかろうじて生きていることを知らせる心電図の無機質な音と、呼吸を送り込むポンプの一定の音。揺れることもない点滴。
 そこにいる人間は、歩いている二人を除いて皆一様に白い医療服と、清潔なシーツに身を包んでいた。
 体は骨が浮くほどにやせ細り、青白い。年齢も性別も様々だったが、目を閉じて、生きているのか怪しいほどだった。心電図さえなければ――いや、口にねじ込まれテープで口の隙間をふさがれたパイプ呼吸器が無ければ、彼らがこのまま生命を維持できるかも怪しい。
 そのなかでも比較的まだ肉付きのいい――これから衰えていくことは容易に想像できる――青年がいた。
 ――いた、というのもすでに間違いかもしれない。そこに、“置かれていた”。
 綺麗にそられた頭には弾痕こそあるものの、それは既にきれいに塞がっていた。それとは別に右目に傷があり、眼球自体がないのか、瞼が落ちくぼんでいた。
 白衣の男のうち、まだ学生にも見間違えそうな若い男がその“青年”をみとめ、先輩である男が言った数値を確認し、手に持っていた資料に何かを書き留めていく。
 けれど、ふいに、若い男が「あ……」と声をこぼした。先輩の業務的な声とは違う、この部屋で唯一感情のこもった声だった。
「こいつ……泣いてます、火野山先輩」
 後輩は驚いた様子で瞼と眉を持ち上げ、思わずその青年にもっと顔を近づけようとして、先輩に腕を掴まれ引き留められた。
「だから、なんだ」
 冷たい声色だった。後輩を見つめる黒い目に、警告と非難の色が浮かんでいる。後輩はその目を見て、また青年へと視線を移した。
「……
を、見ているのかも」
 後輩の小さな声は、それでもこの静かすぎる部屋では十分に聞き取れるものだ。
「だから。なんだ。意味がないんだ。俺達には関係がないし、いちいちそんなことを考えてると、この部屋に殺されるぞ」
 後輩は恐縮したように眉尻を下げ、もう青年を見ようとはしなかった。先輩は後輩の腕を離し、何も言わないままゆっくりと歩きだす。次の被検体のチェックに向かうためだ。後輩もそれに続いた。
(もし
を見ていたら、それって幸せなんだろうか。幸せなを彼は見ているんだろうか)
 後輩は最後に一度そう考えて、もう考えることを止めた。

 この部屋には、夢を見る人が多すぎた。



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“Yo buddy. You still alive?” -- Larry Foulke

作業用BGM「人生P/比翼

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