evilA

 大きなショッピングモール、普段はこんな所に好き好んで来やしない男がわざわざここまで出向いているのは、彼の子供と呼べる存在がそうねだったからだ。
 さまざまなブランドの紙袋を両手に持ち、次はあっちとトコトコと金魚の尾ひれのように赤いリボンを揺らす小さい後姿を追う。
 ふと「みて、おじさん。きれい」と行って、立ち止まった先にはガラスのショーケースがあった。ほとんど目線と同じ高さのそれにかるく指先をあて、中を覗き込む姿につられて男も上からショーケースを覗き込んだ。
「……高価い」と苦い声が男の風邪用マスクの下からこぼれた。名の知れた宝石ブランドのショーケース、その中に並べられたアクセサリーは当然綺麗だ。そしてその分、高価だった。思わずゼロの数を数えた男が苦く目を細める。こんな大層なものはどんなにねだられても買いやしないぞ、と決意して男は視線をそらす。
 その先に、あった。
 ピアスだった。小さい、シンプルな、銀の輪の土台の上にサファイア――恐らく。この男はそういった宝石類に詳しくない。もしかすると青いだけで別の石かもしれない――が、控えめに静かに、そして存在感を主張しそこに鎮座していた。
「お気に召すものはございますか?」
 柔らかな女の声に、切りそろえられた黒い前髪を揺らし男は顔を上げる。販売員の上品そうな女が、上品そうな口紅を引いた口から、上品なシラブルで「贈り物ならラッピングも出来ますよ」と言う。
「おじさん」と袖を引かれ男は一度瞬きをしてから視線を下げる。見上げる瞳と同じ色の瞳を再度瞬かせ、男はショーケースへと視線を動かした。




 ドサ、とベッドの横のサイドテーブルに書類を山のように積んだコメットがベッドに腰かける。大きなベッドの反対側には本へと視線を落としていたアルバートが居た。彼は本からコメットへと視線を移し、わずかに眉を顰める。時計を確認すれば「もう二時ですよ、コメットさん。寝ないんですか」と少したしなめるような口ぶりでそう言った。
 アルバートに背を向けるようにしているコメットは「今日は寝ない、やりたいことがある」とふり返らないまま答えた。
「ええ、そういって昨日も寝ていませんでしたね」パタンと本を閉じる。
「わざわざ俺に付き合ったアンタもな。寝なよ、体に毒だから」
「それは冗談ですか?」
「まさか」
 コメットは真後ろのスプリングの軋みにようやっと振り返った。すぐ後ろに手を付いていたアルバートが、ゆっくりとコメットに腕を伸ばした。コメットの物よりもよほど逞しく男らしい腕に引き寄せられ、コメットは書類を持ったまま彼の胸に後頭部を預ける形になった。
「おいやめろ、甘やかすな」抗議するように口を歪めるコメットだが、抵抗は薄い。ぐったりとアルバートに凭れかかり、にらみつけるその目も睡魔に半分ほど蕩けている。
 アルバートは微笑みそんなコメットの瞼の上に掌を被せ「もうぐにゃぐにゃですよ、眠いんでしょう。瞼も重いはずです」そう穏やかで温かい声色を使う。
「うぇ……」
 気の抜けた声を出しコメットはもごもごと口を動かすも、言葉が出てこないらしい。その様子にアルバートは愛らしさすら覚えながら「おやすみなさいコメットさん、愛しています。明日という日が、あなたにとって素晴らしいものになりますように」僅かに額にかかる黒髪を持ち上げキスを一つ落とす。
 唸りながらもやがてコメットは眠りへと沈んでいった。其れを確認し、再度額にキスを落としてからアルバートはコメットの手の中にあった書類をベッドサイドへと置き、横たわらせる。下敷きにしてしまった布団を丁寧にひっぱりだし、コメットの上に被せ、自分も布団にもぐり後ろからコメットを抱きしめる。彼が体をかえてから、こうやって寝ることが随分と楽になった。
 ズキンと幸福感の中に僅かに頭痛を感じてアルバートは忘れていた、と眼鏡をとりながら眉根を寄せる。流石に丸一日寝ていないと頭も痛い。
 自分も眠ろうと瞼を下ろした。


 ゆっくりと意識が覚醒していったとき、コメットは無意識に腕を動かした。後ろにまだ人が居ることを確認し、不自由な範囲で仰向けになり、確認に使った手で額に手を当てる。
(冬至さんよりも先に目が覚めた……珍しいな)
 腕時計を見るとまだ五時になったばかりだった。なるほど、まだまだ朝も早い。もぞもぞと再び横に、けれど、先ほどまでとは逆の方向を向けば、眠っているアルバートの顔が見える。こうやっていると年相応にも見えるものだし、随分と大人びている、というよりも端整な顔立ちをしているものだと感心する。
 癖のある髪を指先でクルクルとなぞり、髪を耳にかける。今の時分と同じ色の黒い髪。
 その手で自分の首元を探る。細い金のチェーンにつながったロケットペンダント。開くと中には写真が入っている。もうずいぶんと褪せてきてしまった。
 コメットはパチンと其れを閉じ、アルバートの顔をじっと見つめる。真剣で、呼吸をしているのか怪しいほど。
「……」
 光の下では猫のように細い彼の瞳孔はカーテンの奥で殆ど遮断されている弱い朝の光では、楕円形になっている。
 それが一瞬細く、光を浴びたように細長くなり、これ以上にないほど限界まで丸くなった。


 顔のすぐそばで衝撃と激しい音を感じてアルバートは飛び起きた。反射的に枕の下に手を入れたが、何もない。ここは教会ではないのだ。
「あ、起きた。やっぱ五月蠅かった?」
 気の抜けそうな、アルバートの最愛の人の声。ベッドランプのオレンジの弱い光に照らされるコメットは「おはよう神父さん」と未だわずかに状況がつかめないでいるアルバートの髪を持ち上げ、彼のようにキスを落とす。
「おはようございますコメットさん」とひとまず笑みを浮かべたアルバートに、コメットは小さな箱を差し出した。蓋を開けて「どうぞ」とニッコリとアルバートに負けない笑みを浮かべた。それはサプライズが成功した子供の笑みにも似ている。
 薄明りに照らされるのはピアスだった。ビロードにもシルクにも似た滑らかで柔らかな台座がオレンジに薄く染まり、なめらかにピアスを沈ませている。
「これは……僕に?」
 アルバートはじんじんとした熱を耳に感じながらそれを受け取った。台座に沈んだピアスは一つしかない。
「そう。消毒液あるから。膿ませんなよ」
 思わずアルバートは片手でジンジンと鈍い痛みを発している耳たぶにふれた。確かにそこには昨晩までは無かった異物がある。
 当然、驚きがあった。だがアルバートは痛みよりも喜びを感じていた。愛する人が自分の為に何を思ってこれを選んだのだろう。
「まあ、膿んでも治せるけどさ」そう言うコメットをアルバートはゆっくりと抱きしめた。コメットもその背中に腕を回し「買うしかないと思った。……君に、冬至さん」耳音で囁く。
 ああ、愛されている。そう思った。耳の痛みがなによりの証明だった。
 コメットはゆっくりと腕を解き、ぐいっとアルバートの肩を押してニッコリ笑いかける。
「因みにそれ一つは俺のだから」
「えっ」
 アルバートは視線を落とす。たしかにもう一つあるが……。
「そんな面白い顔すんなよ、悪いけどね、そんなもん高くて二つも買えないっつーの」
 ヒヒ、と苦笑いを浮かべコメットはアルバートの大きな手の中にある箱、その中のピアスを指先で撫ぜる。
「俺が送ったコレをアンタが俺の耳に開けるんだぜ」
 そのまま自分の耳をコメットは撫ぜた。
「お揃いって好きなんだよ」
 そう言うコメットの胸元には、以前まであったロケットペンダントはもうかかっていなかった。


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(IF)
お借りしています、たすくさん宅(@CK09IX)神父さん。
コメットが体をかえた後。

最早なくなった世界線。

作業用BGM「Sia/Alive

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