the ot erutpaR bna esiarP

お借りしています
ありすさん(@alice_kisei)宅猫村君。

ほんのりこれの続きのような、そうでないような。
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(if)


「……ああ。……ああ、お前の顔だけ、まともに見える。なんだか、変ったな。変ったよ、プッシー」
 青とどす黒い赤に彩られた白い部屋だった。四方を天井から僅かに持ち上げた真っ青なブルーシートの上、真っ白な体が真っ赤に染まっている。ああ、一息。ロレンスはふう、と額の汗を拭う。
 ヘアーバンダナで全て持ち上げた髪と、透明なレンズのゴーグル、カップマスク。ワイシャツにスラックス、手には血と肉片がこびり付いたノコギリ。どことなく匂う非日常と、噎せ返る血の匂い。
 ゴーグルの上を血を洗い流すように汗が流れていき、ロレンスは一度ゴーグルを持ち上げ睫毛に雫を作る目元も拭った。随分な肉体労働だ、まさか、慣れていない解体作業がこんなに大変だっただなんて……。
 二時間かけて、ようやっと腿が二本落ちた。一本約一時間。まだ腕も腹もあるというのに。それに、皮だってまだ剥いでいない。いや、勿論、皮を棄てるだなんてことはしない。そうだ、皮のまま焼いても美味しいかもしれない。鶏肉の様に、ステーキにするのだ。
 あっ。毛は剃らないといけないな。たしかああいうのは胃で消化できなくて刺さっちまうんだ。でも剃るだけじゃ結局残ってしまう……。だからって一々抜いていたらそれこそキリがないぜ。やはり、捨てるしかないのだろうか……。
 ああ……、捨てる!! 捨てるだなんて、考えるだけで気が狂いそうだった。汗でビッショリと張り付いてアンダーシャツをすけさせている背筋がゾっと冷たくなった。猫村の皮が、他のゴミに混ざってゴミ処理場なんかに送られるのだ。そこでこいつはゴミと混ざって、ゴミになる。……それはロレンスにとっては脛を灰皿で殴られたような苦痛だった。
 約束したのだから。最後まで可愛がると。
 それにしても、ほんとうに、骨を切断するというのはこちらの骨が折れそうな作業なのだ。切り落とした腿の断面、じっとりと殆ど固まった粘着質な血液が時折ブルーシートへと落ちては、ベトリとその身を広げていく。見えている骨にはロレンスが悪戦苦闘した轍が残っている。あちこちに刃を滑らせて、肉がグチャグチャになっている。白い、最終的に、臀部に近い場所を踏みつけ、膝を思い切り持ち上げてロレンスの体重で圧し折られた骨。それが二本。
「おまえ、流石に頑丈だな。……ある程度刃の厚さがいったか……」
 日本式のノコギリに慣れていないロレンスは、手の中のノコギリを見詰めて溜息をつく。まだまだ作業が終わっていないが……、このノコギリとこれからも上手くやっていけるのか? そう考えると何だか憂鬱になる。あ、いや、勿論、全部食べるさ。
 ロレンスは心の中ですぐにそう弁解した。全部食べるよ、きれいに、キッチリと。……でもこのノコギリと俺の相性は残念ながら、あまりいいと言えるものじゃない……。
「あ」
 そうだ、なんだ。人類には文明の利器ってもんがあるじゃないか。先人の作り出した叡智、ホラー映画で人体切断にかけてはきっと右に出るものは居ない、チェンソー。あれ、使ってみるか。



 ――どっ、どっ、どっ、ぶ、ぶるるるる、ぶっるっぎゅぃぃぃぃぃいいぃぃぃいいいぶるぶる、どっどどっどっ
 これ、なんだか物凄く間抜けな音に聞こえる。というか、ゴーグルしていてよかった。心の底かからロレンスはそう思った。賢い選択だった、だって、もう死後から随分とたった血だと舐めてかかっていたら今頃きっと病気になっていただろう。強ちスプラッター映画の過剰演出も嘘ではないということだ。
 豚の解体って、どうやってるんだ? きっとチェンソーは使ってないんだな。だって、ああいうのってもっと切り口が綺麗だ。
 まあ、いいさ、煮込んでしまえば、なにも分からなくなるだろうさ。肉だって。料理は見た目も大事だが、そういうのはよその店でだけ求めればいい。
「骨から出汁ってどうやってとるんだ……?」
 ロレンスは骨だけじゃなく、コンブから出汁をとる方法すら知らない。ああ、クソ、調べないとな。でもこういうのって普通、コンソメとかだっけ? まあ、いいや、素人の一発目なんてそんなもんだ。不味くても全部食べれば問題ない。そもそも、味なんて関係ないのだ。恍惚感こそがきっと何よりの調味料だと、ロレンスは確信している。
「問題は皮……、髪は流石に駄目だ……医者に世話になっちまう。血も本当はどうにかしたいが……ちょっと厳しいかな……、もう少し新鮮だったら……」
 独り言も殆どチェンソーの唸り声にかき消される。
「ああ、クソ、血抜き。そうだそうだ、血抜きもだが……お前、出来ると思うか? お前の血、ちょっと今コレステロール値高めみたいになってるから……。勿論、冗談だけど。つまり俺が言いたいのは……、……なんで独り言言ってるんだ? 俺は。ふふ、可笑しい」
 やらなくてはいけないことがまだまだたくさんある。目下、解体、そして血抜き……、まぁこれはできればでいいかなぁ……、もう抗生物質バリボリ食べて注射打っちまえば……。
 だったら、だったら血もどうにかしなくては。さっきのノコギリなんて、肉片だってまだくっついていた。それにこの、チェーンソーだって。きっと回転しているノコのミゾに肉や血が入り込んでいる。
 これを洗ったら、猫村の血は下水に……。だめだ、眩暈がしてくる。そんなことしやしない。どうにか、どうにかするさ……。アルコールで消毒とかして……、酒に……酒で洗い流そう。風呂場の排水口をガムテープでピッチリと塞いでバケツに溜める。きっと血と酒と錆の味がするんだろうな。
 血抜きはあらかた切り終えてから考えよう。チェーンソーのお蔭で作業は捗々しい。パーツごとに逆さにすればいいだろう、これもしたにバケツをやっておけば、血も無駄にはならない。
「うぶ毛くらいなら剃っただけでもどうにかなるか……? まあ、いいや。死にはしないさ。うぶ毛だしな。……あー、爪……。爪……出汁……? 料理って難しいなあ……」
 


 ロレンスは一旦着替えていた。だが、汗を吸って濃く変色したヘアーバンダナをした頭は汗で濡れて固まったままだし、先から汗が時折したたり落ちている。ゴーグルもマスクもそのままだ。本当に服を一度着替えてだけで、手も洗っていない。こびり付いた血が粉末状になって、どこかでこすれるたびにそこに赤黒いものを引き延ばして残していく。
 まずは肉と骨を離さないといけない。真新しいステンレスのキッチン、ピカピカと反射する、綺麗な綺麗なキッチン。傷一つないまな板の上に腿から膝までがドン、とマグロのように置かれている。あ、もちろん、マグロがもっと大きいことは勿論知っている。あくまでもそんな感じということだ。
 ゴロン、としていて、生気がない。まあ、脚だけだし。しかも、腿から膝までしかない。……どうやって肉と骨を剥がすんだろう。スペアリブみたいに、こ削ぐのだろうか。なるべく肉は塊で置いておいた方がいい……、気がするから、生ハムみたいにスライスするのは良策じゃあなさそうだ。
 とりあえず包丁、えーっと、なんだ。どれがいいんだ。菜切り包丁……これなんかよくプロが使ってるっぽいやつじゃあないか? 切れ味がいいって事だろうか。じゃあ、これで。
 寝かせたまま腿を縦にして、上の腿から行くか下の膝の方から行くか手をさまよわせた後、ロレンスは上から刃を入れる。たしか包丁って引くんだったよな。……そういう刃物との仲が良くないって言うのは、さっき証明されているが。
 ガリ、と厭な音がしてロレンスは眉根を寄せた。骨にぶち当たってしまったのだ。いけない。刃が欠けてしまう。こういうのはノコギリよりももっと繊細なのだ。ロレンスは一度深呼吸をしてから、ゆっくりと繊細に腕を動かした。
 あ、骨で出汁を取る自信、ない。……コンソメ、やっぱり使ってしまおう。ちょっとだけなら、多分、あいつも気にしない。



 アイエイチが、ピ。と音を立てる。フライパンを乗せて温めている間に、切り離した肉をサイコロステーキくらいの大きさで切っていく。皮を付けたままの肉もある、三センチくらいの、不格好な角切り。勿論、毛は剃った。でもシェービングクリームなどを使っていないから、所々皮膚が傷付いている。もう痛くないだろうから平気だし、仮に痛くても猫村はきっと気にしない、それどころか喜ぶだろう。そういう奴だと、ロレンスは誰よりも知っているつもりだ。
 ロレンスは振り返り、すぐ後ろの机の上に開かれた本を見た。けれど、振り返っただけでは文字が読めずに、目を細めながら顔を近づける。
 ……もうゴーグル外して、眼鏡にしても良い気がする。だって、これじゃ字が読めない。デスクワーク用の眼鏡、どこにやったっけ……、もう火をかけているのにこの手際の悪さったら。嫌になる。
 ゴーグルを持ち上げ、なるほど、とロレンスは頷きそのままゴーグルを外す。再び肉に向き直り、包丁の背で肉を叩く。
 まあこれ、ビーフシチューのページだけど、だいたい手順は一緒だろう。だってこの本、どこにも人間の料理の仕方が載っていない……。というか、どの本にもないし、ネットにも魅力的なものがなかった。
 フライパンの隣では、薄く茶色に染まった中を骨がグルグルと浮遊している。少し肉が血が付いていた、叩き折られた骨。浮いたり沈んだりしながら。たぶん、出汁。とれてる。はず。
 ガムテープで排水溝が目張りされたピカピカの流しにはもうにんじん、じゃがいも、たまねぎがある。たしかたまねぎは一番最後でいいんだよな、溶けちまうから。
 ピピ、とフライパンの表面が温まったことを伝えるアイエイチに、ロレンスはバターを入れ、菜箸で広げてから、ゆっくりと皮がついたままの肉を乗せていく。皮の方を下にしてだ。肉にはもう塩コショウがしてあって、小麦粉もちょっとだけ振ってある。
 かなり煮詰まってきた鍋の方には、少し筋が浮かんでいる。これって多分いい兆候だ。鼻をくすぐるコンソメの匂い。夕暮れの光が差し込むリビングに似た色。
「んっ、ハーブ。なんだっけ。えーっと……あれ? トマトジュース何処行った? ええっとワインは……あ、野菜も切って炒めるんだったか。はー、ほんと家事って重労働だな。俺は金を稼ぐいい旦那になるって誓おう……あっ、眼鏡、クソー眼鏡どこだ」
 バタバタと忙しそうにしている間に、賢いアイエイチは焦げる前に熱を弱める。ガスじゃなくてよかった。ぐつぐつ煮えている鍋もきっと同じだろう。ふきこぼれる前に穏やかになってくれる。
 眼鏡をかけてロレンスはマスクもとった。うわ、コンソメの匂い、凄い。それとバターでいためられる肉の匂い。……牛肉との違いはよく分からない。
 野菜を切ってしまって、しっかりと煮込もう。圧力鍋、今日の為に買ったのだ、存分に有効活用しなくては。じゃがいもやにんじんが、舌で潰せるくらいまでじっくりと。
 もう夕日が差し込んでいるけれど、まだそんな時間じゃない、きっと出来上がるのは八時くらい……。きっと丁度いい頃合いだろう。冷蔵庫にはちゃあんとサラダの分の野菜もある。トマト、レタス、ブロッコリー。ポテトサラダまで昨日せっせとこしらえた。それと、忘れちゃいけないチップスも。
 そうだ、白ワイン、出してしまおうかな。まるでフルコース……。そうだな、フルコースにしよう。ブレッドも焼いて、そうだ、オリーブオイルにトマトを付けて。今からで間に合うかな? きっと間に合うさ。大丈夫。なんてったって、フルコースだもの。
 猫村の奴、俺がこんなに料理出来るだなんて知ったら目を丸くしそうだ。それとも、案外流石ですね、なんて言ってくるかもしれない。どちらの想像も容易いし……、あれ、彼奴の好みはビーフシチューでよかったっけ? もしかして魚介でホワイトだったかも。あー、いいや、気にしない。きっとビーフシチュー。そうに決まってる。
 猫村? そう……そうだな、猫村。あ、そうか、何か忘れてると思ってた。電話一本いれとかねぇと。いや、いや、だめだな。きっと出ない。うん、出ないだろう、電話……したくないし。
 ピピ! とアイエイチが叫ぶ。あ、いけねぇ。忘れてた。ロレンスはハっと瞬きをし、再び料理に戻る。まだ途中だった、ああ本当にガスじゃなくて良かった。もしもガスだったら今頃牛肉は真っ黒に焦げている。そんなの美味しくないし、体に悪い。
 ロレンスは鼻歌を歌いながら肉を炒める。バターのいい匂いがする。菜箸を持つ手を見て、眼鏡のレンズの奥でロレンスは目を丸くする。なんだ、酷く古い、血。牛肉ってこんなに血が出たっけ? まあ、料理は今日が初めてだから、きっとこういうものなんだろう。大丈夫。何も心配はいらない、だって……。
 今日はビーフシチュー、しかもフルーコース。あいつも喜ばない訳がない……。

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