君ニ帰ル

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かげ親さん(@formaggio_gs)宅、岸谷さん
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 夕日を銀の体で反射させる、目の前のヘリ。この住宅の屋根を飛び越えれば、すでに浮きつつあるヘリの縄梯子に手が届く。
 馬の居ない、この戦場から逃げ出すことが出来る。
「あと30秒で撤退!」と叫び狙撃銃を構える桝井が、ヘリの中から援護してくれている。後ろには敵が大勢迫っていた。カンカンと、トタン作りの屋根に穴が開いて行くのがわかる。
 ビッ、と頬や足を弾丸がかすめていく。
 もうすぐ。この屋根と屋根を隔てる、この谷を飛び越えれば。飛び上がるために右足に力を込めた瞬間、体勢を崩した。目の前にパックリと広がる裂け目。歯を食いしばり左足で踏ん張りそのまま飛んだが、足りない。
 ガコン、と大きな音がして胸から向こうの屋根へと行った。だがトタン作りの屋根は、滑る。何度も手を前に伸ばしたが、悲しくなるほどにこの手は無能だった。
 最後に縁に手をかけるだなんてことも出来ないまま、落ちていく瞬間が、ひどく遅い映像に見えた。
 強く背中を打ち付ける感覚と、遠くで聞こえる味方の叫び声と、喧騒を最後に、意識が飛んだ。




 ズキズキとした痛みで意識が浮上した。
 ゆっくりと立ち上がろうとして、しりもちをついた。右足を見ると、鎧で覆われていない腿が撃ち抜かれていた。出血量から見るに、幸い大きな血管はやられていないようだった。
 背中の枯れ丸も折れていない様だ。腰にかけていた咲彦と進尉が、わが身を切り裂いてくれなかったのはありがたい。
「のどが渇いた……」
 酷くかすれた声だった。あれからどれ程の時間がたったのか。空は明るい。辺りはすっかりと静まり返り、銃声の一つも聞こえてこない。
 一つ確かなのは、見な撤退したということだ。つまり、迎えはもう、来ない。
 耳の通信機へと手を伸ばし、ボタンを押して呼びかけ応答を待つも、当然反応はない。離れすぎているのだ。
 年甲斐にもなく、一瞬泣きそうな程だった。
「最上級生やろ、しっかりするんや」
 自分にそう言い聞かせ、國道はゆっくりと歩き始めた。
 もう、片方の黄色い目玉だけの生活にも、二股にパックリと割れた舌にも、慣れ親しんでいた。




 喉が渇いていた。あれだけドンパチやっていたというのに、水の入った水筒一つ落ちていないのは一体どういう了見なのだろう。
(せめてここに騎馬が居れば、予備の水もあったろうに)
 最近はもっぱら短時間での引き上げが多い。少しでも体を軽くするために、大きな水筒を持ち歩かない兵士も多い。かくいう國道もその一人だった。撤退までに調節して飲む量を計算していた。もう水筒の中身はとっくに空だ。
 夕日が引き始め、夜のとばりが落ち始めていた。




(星の読み方。確か領地の方角が南……、あの星は……、どっちへ向かえばいい。海軍に入っていればよかった。頭が回らない、寒い)
 路地裏に入り込まないよう注意をしつつ、とっくの昔に崩壊してしまった街の間を抜けていこうと必死だ。空を見上げつつ、つめたい息を吐く。街燈のないこの場所で、星はしっかりと瞬いていた。
(岸谷さんに会いたい)
 肩の鎧をの留め具を外し、その場に置き去りにし乍ら、右足を庇いつつ再び前に向かってゆっくりと歩き始めた。




 昼の日差しが照り付けていた。
 腕と脚の装甲を外した。
 枯れ丸と、咲彦と進尉はまだ置いて行く気にはなれなかった。




 暗い中、どこかの建物に入って、丸くなって眠った。水はない。脚が、僅かに厭な臭いを発してきた。




 もう舌の根も乾いていた。唾液も出ない。舌が引き攣って、スポンジのようだった。割れた唇を舐めるも、何も変わらない。
 とうとう國道はその場に倒れ込んだ。誰もいない。水も食料もない。時間しかない。
(弱気になったら死んでしまうけれど、そうじゃなくても、もう、死んでしまいそう。岸谷さんに会いたい)
 目を開けると澄み渡る晴天が見える。疲れ切った目には痛く、眩しすぎてよく分からないが。
 しかし、そう、しかし、目の前に、人影が。自分を覗き込む影を見た。陰になってしまっていて顔が見えない。目を丸くする気力もない。
「だらしないな。ほら、立って」
 見下ろす影はそう言った。片目の隠れた長い前髪の下、白くなりかけた金色の瞳が此方を見詰めていた。
「立てないんです。僕、もう、立てへんのです」
 目を細めたままの國道はかすれた声でそう言った。
「ほら、手を出して。立って。僕の世界で生きてるんだから。うっとおしいから、君はまだ、来なくていいよ」
 陰が手を伸ばす。その手を取って上体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。國道の顔はまるで嫌がる子供のようだったが、立ってと言われた言葉の通り、ゆっくりゆっくりと立ち上がった。
「ねえ文章君、君の云う、はじめから決まってる運命の終わりって、今なの?」
 俯くようにして頭を手で押さえ、零すように言葉を落とす。
「臼井君、ねえ僕は……、僕は……臼井君?」
 顔を持ち上げ國道はあたりを見回した。そこに人影など、無い。
「……透さん?」
 迷子の子供のような声をこぼしてから、頭から手を離し、國道はきゅっと唇を結んだ。琥珀色の隻眼には再び意思が灯っている。
(岸谷さんに会いたい。絶対に、帰る)
 國道は再び、ゆっくりと、右脚を引きずりながら歩き出した。




 弾かれたように國道は目を見張り頭を動かした。銃声が聞こえる。
 それも一つではない!
 まだ持っていたレッグホルスターから拳銃を引き抜き、警戒しつつ音のする方へと向かっていく。どんどん大きくなってくる銃声と、叫び声。戦場だ。戦場だ!
 すぐそばで足音が聞こえて、建物の陰に身を隠した。通り過ぎていった服から見て、黒。
 少し不味いが同時に救われた気分だ、赤と交戦していようが、自軍と交戦していようが、人がいる、まだ望みがある。
 そして、沈黙の誓いを立てていたかのように思えたインカムが、僅かな反応を示した。ノイズだらけだが、かすかに聞き取れる、耳になじんだ声。
(僕は生きる。まだ死ねない。岸谷さんに会う。絶対に帰る。まだそちらにいってなんてやるものか)
 水筒を持ち、水を飲んでいる兵士が見える。
 右手に拳銃、左手に咲彦を持ち、國道はしっかりと両足で、不器用なリズムで駆け出した。




「國道!!」
 医務室に真っ先に飛んできたのは岸谷だった。救護班に肩を貸してもらい歩いていた國道に飛びつき、見事國道をそのまま押し倒した。
 軽く目を回した國道にあわてて飛び起きた岸谷は、巻き添えをくった救護班と國道の腕をひき、持ち上げ引っ張り立ち上がる手助けをする。
「岸谷さん……」
 ああ、自分は帰ってきたのだと、手に感じる熱にそう確信し、安堵する。
 そのまま桝井も続いて飛び込んできて、少し遅れて息を切らした小坂も飛び込んできた。ああ……、本当に……自分は、“此処”に帰ってきたのだと。
 右腿の痛みが、これは紛れもない現実だと、確かに告げていた。

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